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六章『六億二千万年前の遺産』21

「失敗した……変えられなかった……今度は……わたしひとりじゃなかったのに。それに……不確定要素のハヤトさんまで……来てくれた……のに」


 茫然自失したミシェル・バーネットを見たのは、付き合いの長い彼女の部下たちにとっても初めての経験だった。

 小柄な身体に黒髪のツインテールという女子中学生のような姿に反し、いついかなる時にも冷静沈着でユーモアを忘れない頼れる上官、というのが、ミシェル・バーネットだったからだ。

 それだけに戦闘指揮所の各乗組員たちの動揺は大きかった。

 軌道上に13番めのVA源動基が出現――それは彼女が最も恐れていた事態だった。かつてミシェルが別の名と姿で存在していた世界を消滅させたトゥーレ最後の王の復活を意味する。 


「フォルタン中尉、例の超光速ネットワークとやらで、新参者にコンタクトは取れそうかね?」


 これまでであればミシェルが質問しそうなことを艦長のデシャルムが口に出す。


「できません。どうやらバギルスタンのアストライアと交信しているようですが非公開となっています」


 不安げな目でカトリーヌはミシェルに顔を向けた。

 超光速航法シークエンスは継続しており、予備加速は問題なく進行しているが、これはミシェルが走らせた管制プログラムが機能しているだけで、彼女は今は、何もしていない。

 

 マーズ・フォリナーが突入した直後、VA艦マシュー・ペリーだった人馬兵型マグナキャリバーは沈黙こそしていたが、いつまたその牙を剥くかは不明で、一刻も早く撃破してしまわなければならないというのに。

 

「ミシェルおねえちゃん!」


 マリー・アントワネット戦闘指揮所正面の巨大なスクリーンに、キツネ耳がぺたんと垂れてしまっているサロメが映る。


「そっちにもどるから、はいるところ、あけてっ!」

「サロメさん?」


 サロメからの呼びかけにミシェルが顔を上げる。


「マシュー・ペリーの重力障壁、解除されました! マーズ・フォリナー、巨大マグナキャリバー胸部から離脱! 機体の破損レベルはレッド!」


 サブスクリーンには、飛翔するマーズ・フォリナーが映し出された。

 その右拳には捕虜としたミランダとロデリックが保持されている。

 サロメにとってこの機体のコクピットはハヤトと自分だけの特別な空間であり、保護フィールドで右拳部分を覆うだけで捕虜たちを拘束することも兼ねていた。

 これらはサロメ自身の発案ではなく、コクピット内で彼女に助言したKGMからの提案だった。


「後部格納庫のハッチ開放! ワイヤーアンカー射出して!」

「りょーかい、うろたえてる少佐はなかなかの珍映像でしたぜ」

 

 いつものミシェルに戻ったことをその鋭い指示で察した部下たちは安堵の表情でそれぞれの努めに意識を集中させていく。


 ミシェルも、そしてデシャルムも人馬兵の脅威は去ったと考えたが、それでも、超光速航法への遷移をやめようとはしない。

 軌道上に出現した13番めのVA源動基から狙い撃ちされる可能性を考慮して、戦域からの離脱による仕切り直しを図りたいからだった。


「サロメ、今から重り付きの長い紐を飛ばすから、それをなんとかつかむのよ! それでこの艦の一部としてVA源動基が認識してくれれば、超光速航法に同期させられるわ!」

「わかったー! それと、ハヤトがたいへんだから、もどったら、すぐおいしゃさんにみてもらえるようにしてて!」


 サロメはハヤトが心肺停止状態にあることを伏せて、まだ生きているからのように必死に訴える。その切迫した顔から、ミシェルもデシャルムもハヤトが危険な状態にあることは理解し何も問うことはなかった。


「少佐! 軍医を回せません! 格納庫に向かう通路が先程までの戦闘で物理的にふさがっていて――」

「フォルタン中尉、Z区画からの通路は格納庫に通じているかね?」

「はい艦長。ですが、あそこは無人の独房で、軍医どころか衛生兵もいません」

「猫の手も借りたいところだ。ミシェルくん、かまわんだろう?」

「はい。ドクトルにはそろそろ現実に立ち返っていただかないと。カトリーヌ、Z区画の0番独房のロックを開放して。それと回線をこちらに」

「は、はい少佐?」


 メインスクリーンの一部が分割されると、無機質な狭い独房と、ベッドに腰掛けて写真を見つめる老人の姿が映る。


「ドクトル・ライヘンバッハ。13番めのVA源動基が出現しました。あなたが復元したものではなく、古代トゥーレ文明のオリジナルです」


 スピーカーから響いたミシェルの声に、白髪のミイラじみた老人がカメラの部分に顔を上げた。


「きひひひひ。それは素晴らしい。ぜひ、この手で触れてみたいものじゃな」

「その希望、かなえて差し上げてもかまいませんが……その前にこの艦に乗った以上、船賃を支払っていただきたいのです」

「シルエット・キャリバーなどというガラクタ人形の整備など願い下げじゃ」

「あなたはヴリル・ソサエティに入る前は、医者だったそうじゃないですか。これから格納庫に戻ってくる東洋人の少年を診察してください」


 ミシェルはそこで一方的に通話を終えた。

 齢にして100を越えた老人はこのエサに食い付くと踏んだからだった。

 

「VA源動基臨界に突入! まもなく超光速航法に突入します。カウントダウン開始――」


 だが、その時ミシェルは本能的な恐怖を感じて思わず身震いする。


「軌道上から高エネルギー反応っ! 本艦を捕捉する感応波検出っ!」

「構うなッ! このまま超光速航法に遷移して切り抜けるまで!」


 デシャルムの低い怒号が鳴り響く。

 

『お別れですの……ミシュリーヌさん』

 

 ミシェルにだけ、その声が聞こえた。

 それは彼女が本来属していた、すでに消失した世界において、ヒューマニッカの4姉妹として産まれ、生きてきた時の名前だった。


「キクカさん?」


 どういうことですが、と問い詰めようするミシェルだったが、軌道上からケルゲレン全域に振り注ぐ圧倒的な熱量のエネルギーの爆発がすべてを塗り潰した。


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