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二章『キリングストーン・ルール』

「あ……」


 ナナミは降下しつつあった垂直離着陸移動機(リフター)が爆散するのを呆然と見上げていた。海面や橋上にその無数の破片が落下してくる。

 常人であれば対応は困難な状況下ではあったが、ハヤトに腕をつかまれてその場から信じがたい速度で離脱させられていた。

 そのお陰でナナミは破片に激突されて負傷せずに済んだ。


「お、大久保さん!」

「しゃべらないでナナミちゃん! 舌を噛むから!」


 ハヤトは小柄な身体に見合わぬ怪力でナナミの身体を宙に浮かせ、そのまま、両腕で抱え上げる。

 お姫様抱っこ状態だ、なんか恥ずかしい、とナナミは場違いな感慨に囚われてしまう。

 CGや特撮を多用する、派手なアクション映画の撮影に立ち合っているような錯覚もある。


 ハヤトは文字通り風を切って跳躍と疾走を繰り返し、サンフランシスコ側からマリン郡側にゴールデンゲートブリッジを縦横無尽に駆け抜けていく。


 だが、巨大な触手は無数の細い糸のように分裂して拡散し、ハヤトとナナミを繭状に包み込むかのように橋脚や鉄橋それ自体に巻き付き、覆い尽くす。

 糸状の触手はそれ自体が不気味に発光し薄暗い灯火となり、ハヤトとナナミを照らしていた。


「こ、これ……なに? なんなの?」


 ハヤトが立ち止まったこともあり、ナナミは言い付けを破り口を開いた。


「二十五年前――二十世紀最後の年にもアメリカ機甲軍が使った兵器よ。タイプBと定義した古代種族の末裔たちを捕獲、洗脳するための移動拷問室〈野獣の檻〉(ビースト・ケイジ)



 忌々しげにハヤトは言う。



「居留地の隠れ里で暮らしていたわたしたちはこれに捕まって……あの男の操り人形にされたわ。信じてもいない大義と理想の道具にされて最後は全員死んだ」


 忘却戦争あるいは第三次大戦と呼ばれる動乱が起きたのは二十五年前。

 大久保ハヤトの瞳にはナナミの知らない過去を悔やみ、憤る感情が宿っていた。

 そんな表情の彼女はナナミからすると、ひどく大人びては見えるが、どこかあやうい印象を与えた。


「だから仕返しで……アメリカを消しちゃった……の?」


 ハヤトのそれは独白でナナミの言葉を待ってはいないものだった。

 自分には想像できない何かで彼女が怒っているのだと察していたが、微妙な間が怖いナナミは現代史の教科書仕込みの知識を口にしてしまった。


 アメリカ合衆国が二十五年前、太平洋と大西洋の島々を除いては、文字通りにこの世から消失してしまっていることは史実であり事実。


 その原因は教科書に狂信的な宗教テロリストの犯行説が濃厚だと記されている。

 二十世紀最後の数年間に世界を変革させたVA源動基(モーター)のプロトタイプを暴走させた結果だというのが定説だ。


「そうかもしれないわ。だってわたしの中には国のひとつやふたつどころか、大陸規模で文明を崩壊させた人生の記憶がいくつもあるもの」


 ハーメルン症候群について概略だけは知っているナナミはハヤトの回答を単なる出任せには思えなかった。


「そういう力が……擬力が使えた前世がいくつもあるのよ、わたしには」


 もしかして今もそうなの?

 口にしてしまいそうな質問をナナミは呑み込んだ。

 それを言ってしまうとハヤトとの関係に何か決定的に良くないことが起きそうな気がしていた。彼女の自虐的な語りがエスカレートしてしまいそうに思えた。


「せ、洗脳するのに拷問って……どういうこと……されるの?」


 皮肉にもハヤトとの関係維持よりも優先順位が低い質問は直近に迫る危険についてのものだった。


「知らない方がいいわ。教えたくない。少しだけ見た目が独特で、優れた能力がある、それだけでアメリカ機甲軍は――人間はわたしたち古代種族に残酷だったの」

「でも、どうしてそういう怖い武器であたしたちを閉じこめたの? あ、あたしがそのタイプBってのに覚醒しちゃったから? そもそも、さっきの飛行機を壊したでっかいタコの足みたいなあれもアメリカ機甲軍の武器?」


 ハヤトは答えない。

 判断に迷っているのではなく言いたくないというのがナナミにはわかった。


「もしかして大久保さんがタイプBなの?」


 それはナナミの直感だった。

 ハヤトが迷っているのではなく言いたくないのだと思ったのと同じで、明確な理由があってそう判断したわけではない。


「ええ、そうよ。正確にはいちばん近い前世でタイプBだったわ。だから、それに対応する力にはどうしても影響を受けてしまうの。また迷惑かけてごめんなさい。でも心配しないで。今度は何があっても絶対にナナミちゃんを傷付けさせない。必ず守るから。約束するわ」

「今度は?」


 ナナミがその違和感を質問にするより早く〈野獣の檻〉内部に変化が生じる。


「くッ?」


 遊園地のジェットコースーターで経験した急降下にも似た重圧が、それの何十倍にもなって少女たちに襲いかかる。


「うあああああっ?」


 ハヤトは、歯を食いしばって全方向から加わる圧力をこらえたが、一般人でしかないナナミは苦痛にわめいてしまう。

 全周囲を埋め尽くした白いまゆからは、さらに無数の細い糸が分岐して伸びてくる。


「あ、悪趣味っ!」


 細い糸の表面はヌラヌラとした透明な粘液を帯びていた。

 そのしずくが少女たちの着衣に降りかかると肉が焼け焦げるような音と共に、繊維を溶解させていく。


 ナナミを抱えたままのハヤトの膝が曲がり地面に着きそうになるが、彼女は歯を食いしばってそれをこらえて直立しようとする。


「お、大久保さん降ろして!」


ナナミは少しでも負担を減らそうと気遣い、懸命に叫ぶ。


「このまま……このままでいいの。もう二度と前世の時みたいに……負けたりしない。あんな連中の好きになんかさせないわ!」


 ナナミはハヤトのその苦痛をこらえる表情に、遠い昔、玖堂タマモが男の子たちに取り上げられた着せ替え人形を必死に取り返そうとして、ボス格の男の子にしがみついて勝利したことを重ね合わせた。


 あの時、タマちゃんは、どうして幼児向け雑誌付録の安っぽい紙製の着せ替え人形を取り返そうとしたんだっけ。


『初めて友達からもらった大切な贈り物だから……だそうだ』

「だ、誰?」


 ナナミの脳裏に響いたのは男のようであり女のようでもある中世的な雰囲気の声――声というよりは思念だった。


「よけいなこと言わないでKGMっ!」


 ハヤトが露骨にうろたえて怒鳴る。


『しかし、このままではおまえたちの身体はあの糸にまとわりつかれ、神経繊維の隅々まで同化されてしまう。そうなれば、あんな連中とやらの走狗となるのは必定だ。前世でそうなったようにな』


 思念はなおも続きハヤトを揶揄やゆする。

 ナナミにもそれは聞こえていた。


「そうね……でも今生こんじょうのわたしはお父さんとお母さんから、そして伝承院様からも授かったものがある。だから勝手な真似はさせないし友達も傷付けさせない……いまのわたしは大久保ハヤトだもの」

『その剣名を汚されてしまっては、私も不快だからな。旧友との仲良しごっこに興じるのはいい加減にして、さっさと始末を付けろ』

「わかっているわ。KGM、アルケミックチャージ」

『承知したが、どうせなら漢字で定義してくれると気が楽だ』


 ハヤトの左肩に吊り下げられた白銀のハードケースの表面が明滅する。

 その時点でもう、ナナミは先刻からの全身を圧迫する負荷から解放されていた。

 無数の糸たちは、ハヤトの全身から発する真紅のオーラにおびえるかのように後退していた。


「ナナミちゃん、やっぱり降りてちょうだい。両手がふさがってると、さすがにKGMを扱うのが難しいのよ」


「あ、うん……お、大久保さん……髪……なんか色が……赤くなってるけど?」


 ナナミはハヤトの両腕から降りると、少し離れてその背中を見つめるが、はっきりとした変化に驚いていた。

 ハヤトの長い黒髪は鮮やかな真紅に変わっていた。


「気にしないで。少しだけ、やる気になると、こうなる体質なのよ」


 あからさまなウソというかごまかしだったがナナミはそれ以上追求しない。

 ハヤトの体調に影響するかどうかという一点で気がかりだっただけだからだ。


「四つん這いになって、伏せていて」

「う、うん。そーする」

「それから、もしもわたしが人事不省に陥ったら、その時はこの鞘――KGMがあなたを守るから決して手放してはだめよ。いい?」

「どーゆー意味なの?」


 だがハヤトはナナミにそれ以上は説明せず、ハードケース内から刀――KGMと呼ぶ刀を引き抜くと両手で大上段に構える。


「玖堂流廃刃剣――」


 KGMの刀身に髪の色と同じ真紅の霊気が宿る。

 後ろから見ているナナミには、まるでハヤトとKGMが、灼熱する溶岩を爆発寸前の火山のようだと思えた。


「紅蓮斬ッ!」


 巨大な炎の柱が天を衝き、それが真一文字に振り下ろされるのは一瞬。

 白い繭を形成していた触手は切断された部位も、直接は触れなかった場所も含めて、立方状の単位に変換されてから分解して消失する。


「す、すごい……ほんとに世界を滅ぼしたり……しちゃいそうだよ……」


 ナナミはハヤトの異能に驚嘆するしかなかった。

 前世では世界を滅ぼしたことがあるというふざけた発言も信じられそうだった。


「そんなことしないわ。お父さんとお母さんたち、伝承院様、それにナナミちゃんがいる世界……だもの」


 ハヤトはくるりと振り返って、ナナミにそう答えた。

 どこか誇らしげなその微笑は、ずっと昔に、着せ替え人形を取り返した時の半泣きで半笑いのタマちゃんと同じだ、とナナミは確信した。


「タマちゃん……だよね?」


 ナナミはおそるおそる問いかけたが、ハヤトはそれには答えられず、糸が切れたマリオネットのように路上に倒れ伏した。


 KGMと呼んでいた刀の表面に微細な亀裂が生じて、ガラス片のように刀身が砕け散るのと同時だった。


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