六章『六億二千万年前の遺産』15
1999年7月の時点でVA源動基の総数は12となっている。
アメリカ合衆国はマシュー・ペリーとリチャード・バードの2隻のVA艦の主機として確保し、さらに研究解析用として、もう1基、計3基を保有。
ソヴィエト=ロシア帝国は初の超光速航法を成功させたVA艦リエーフの主機として1基を使用し、アメリカと同様にもう1基を研究解析用で保有。
中国大陸の大半を領有する秦帝国は2基のVA源動基を保有しているが、それがどう扱われているかは機密のベールに閉ざされている。
中央アジアの秘境としてのみ一部の好事家に知られていたバギルスタン王国は、湖上に浮かぶ白亜の王宮としてVA艦アストライアを保有している。
このVA艦アストライアは、艦長として登録された国王テクフール3世に対して『他のVA源動基に干渉して活動を停止させる』という稀有なキャリバースキルを与えていることで、事実上の鎖国を可能たらしめている。
統合ユーロは、アムステルダム条約の発効に伴うブリュッセル統合政府管理下において2基を確保し、旧フランス共和国から脱走艦扱いのマリー・アントワネットのそれに対しても所有権を主張している。
イギリス植民地時代のインド帝国という名から、インドという言葉を避けたサンスクリット藩王連合も、1基を所有し、VA艦ヴィマーナを建造中だ。
これら12基のVA源動基はすべて、バギルスタンのアストライア搭載のそれと連動しており、位置情報・活性化段階のすべてを把握されている。
1989年にVA源動基をこれら各国に提供した開発者アルトゥール・。ライヘンバッハの意向により、バギルスタンは自国のウェブサイトおよびVA源動基間の超光速通信ネットワーク上で例外なくこれらの情報を公開している。
それゆえ、世界各国の政府や軍、諜報組織、治安機関は例外なくバギルスタン王国の特設ウェブページを閲覧している。
VA源動基を所有する勢力は、専任のヒューマニッカに超光速通信ネットワークをモニタリングさせ続けている。
世界地図と天球儀の略図に灯る輝点は常に12――それはバギルスタンの王宮でもそうだし、NASAやESAといった組織においても揺るぎない事実だった。
「困りましたねご主人様。ドクトルが使っていたコードネームは12星座でしたから、この新しい番外のVA源動基には、なんと命名しましょうか?」
VA艦アストライアでもある王宮の星見の間と称されるそこで、ミシュレット・バーネットというヒューマニッカの少女がそう言った。
マリー・アントワネットとマシュー・ペリーが交戦状態に入り、一方のVA源動基が暴走後、非活性状態になり終息するかに思われた直後のこの異変。
なるべく冷静沈着に振る舞わなくては、そうだミシェルお姉様のような雰囲気と態度ならご主人様も安心するはず、という結論からの軽口めいた言葉だった。
小規模なプラネタリウムといった風情のそこには、ミシュレットと、もうひとりだけが立ち入りを許可されている特別な場所だ。
「もしかして、いや、もしかしなくても動揺しているねミシュレット?」
対外的にはテクフール3世として知られる子供が、彼女の隣の席から振り返る。身に付けているの洋服ではなく、バギルスタン伝統のゆったりとした長衣だ。ササン朝滅亡以前のペルシャ的な雰囲気が色濃く残っている。
砂漠と荒野そしてサバ湖周辺のわずかなオアシスが領土のバギルスタンではあるが、そこに独善的な一神教の気配は皆無だった。
男子であり長子たることを示す紋様や装飾がある服装ではあるが、それは女子が成人するまでの間に男装する場合にも用いられる。
「あ、わかりますかご主人様?」
ミシュレットは姉の真似をやめて、彼女本来のパーソナリティーである、どんくさい雰囲気のもったりとした口調で聞き返す。
「仕方ないよ。世界の危機というやつだもんね。実はぼくも……さっきからさ……腕が震えてるんだ」
未だ10歳児でしかないドニヤザード・テクフールではあるが、現代によみがえったバギルスタンの巫女として、VA源動基とそれがもたらす災厄に対峙する役割を担っている。
「ねえ、ご主人様、しっかりしてください。しっかりしてくれないと、わたし本当に困りますから」
そう言って、ミシュレットはドニヤザードの手を取り、自分のてのひらで包み込んだ。
「しっかりしてもらわないと、シエラザードさんが、職務怠慢だと叱って、お給料を支払ってくれません。お給料がもらえないと、わたしがわたしを買い取るための超長期ローンが未払いになってしまいます」
「ミシュレットの借金のために、ぼくはしっかりしないと、いけないの?」
「そうしてもらえないと、わたしは機体を開発したオーストラリアのエワルド商会というところに差し押さえられてしまいます」
「仕方ないか」
「ご主人様、ひどい……差し押さえられたら、もう一緒にお風呂には入れなくなってしまうですよ? 頭、洗ってあげられなくなるんですよ?」
「もうぼく自分ひとりでできるから平気さ。それと、仕方ないのは……震えも治まってきたから……13番めのVA源動基と交渉する覚悟か決まった、そういう意味だよ」
「いいんですね?」
「これは勘なんだけど、ケルゲレンにいるミシュレットのお姉さんたちがあぶないような気がするからね。星見の間を物理的にも霊的にも隔離するよ。それから交信を手伝って」
「はい、ご主人様」
ミシュレット、そしてドニヤザードはVA艦アストライアの心臓部分と同調したその上で、軌道上に出現した13番めのVA源動基への呼びかけを開始した。




