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六章『六億二千万年前の遺産』14

 大久保ハヤトは両手で中段気味に刀を構えたまま呼吸を続けていた。

 ロデリックの生体反応だけをし注意していた彼女には、ハヤトの呼吸が徐々に静かなものに変化していくことにまで気付かない。

 だが、彼とその手のKGM、そしてその周辺の空間に高密度のエネルギーが集束していくことは認識できた。


「ミランダ……? もういい、おまえだけでも脱出……しろ」

「パパ! この人が助けてくれるって!」


 ロデリック・ギルバートが苦痛に顔をゆがめながら目を開けた。

 装備品や制御機器、隔壁と融合してろごたらしく死亡した部下たち、正面のメインパネルを切り裂いて侵入してきたマーズ・フォリナー、自分に向けて刀を向けている少年、すべてが敗北を瞬時に悟らせる材料でしかない。

 

「どのみち私は敗れたのだろう……艦と共に消え行くしかない」

「パパっ! そんなこと言わないで!」


 マシュー・ペリーと同調したあげく精神的に暴走したことで不完全なマグナキャリバーを出現させた代償が、この奇怪な有機物と無機物との融合現象だった。


「気が散る……ただでさえ、細かい粒の斬り方が面倒なんだ……黙ってろ」


 ハヤトはくぐもったドスの利いた声で警告した。

 もうミランダにも、そしてロデリックにも、ハヤトの顔が死体同然の青ざめたものに変じているのはわかる。

 だが、それと反比例して、黒い学生服の少年とその剣にはひどく高密度のエネルギーが滞留しつつあった。

 ロデリックには高圧の蒸気のような何かとして、ミランダには第二種永久機関であるVA源動基から変換器無しで取り出した純粋な力の場として認識できた。


天尽(てんじん)夢想流(むそうりゅう)――」


力の渦はハヤトが剣の切っ先を上段に変化させていく過程でさらに集束していく。ミランダもロデリックも黙ってそれを見守るしかなかった。


御霊(みたま)しずめ」


 ハヤトは極端なスローモーションで剣を振り下ろしたようにしか見えない。

 だが、清冽な風が荒々しく肌を通り過ぎていくのを、ロデリックもミランダも確かに感じた。


「っくう!」


 前のめりになってハヤトは床に突っ伏した。


「おい! 若いの!」


 土気色の死相を目にしたロデリックは思わず助け起こそうと駆け寄るが、自分の四肢が奇怪な現象から解放された自覚はまだない。


「あ……あれえ……わたし……わたし……どうして……」


 ミランダは自分の思考が極端に制限され、特定の対象を相手に憎悪するように、誘導されていたという事実を自覚できるようになっていた。


「へへっ……今ので目が覚めただろミランダ。あんたが苦しんだ分は、おまけ付きで仕掛けた当の本人に叩き返してやったぜ」


ロデリックの腕を振り払って起き上がろうとするハヤトは凶暴な笑みを浮かべていたが手足いずれもひどく痙攣していて、すぐ、ぶざまに倒れ伏すだけだった。




 VA艦マリー・アントワネットは海面から浮上後、艦首前方に重力障壁を集中させ、大航海時代の海戦よろしく衝角での突進を試みる過程にあった。

 マーズ・フォリナーを襲う無数の光弾もまた、この艦に放たれ続けているが、重力障壁が盾となって、すべて弾き飛ばしている。

 この戦域の情景を、まるで映画でも見ているかのように確認する者たちがあった。


「かの反逆者ミシェル・バーネットが切り札として準備していたトゥーレ期の次元干渉兵器の伝達経路は把握いたしました。思いの外、あのガラクタめも役に立ってくれたようで」


 アメリカ戦略機甲軍の式典服をまとったジュゼッペ・バルサモは、貴賓席に座すその少年の前で片膝を着き、うやうやしく頭を垂れた。


「ご苦労だった伯爵。これで、此度の転生でついにトゥーレの再興は成るのだな?」


 白を基調とした軍服らしき服装の少年は、物憂げな表情のまま、バルサモに尋ねた。 浅黒い肌に黒髪、かしずかれることに慣れた傲慢さと優美な物腰の少年だった。


「遺憾ながら今しばらくの時が必要でございます陛下。まずは用済みとなった2隻のVA艦、そしてあのマグナキャリバーを消し去ってからとなりましょう」


 バルサモは姿勢をそのままで、思念を凝らすことで主君の眼前に投射された立体映像を切り替える。

 VA艦マリー・アントワネット、マシュー・ペリー、そして大久保ハヤトが駆るマグナキャリバーの、その遙か上空に視界が切り替わっていく。


「余に何を望む伯爵」

「トゥーレの王たるアッシュル陛下のお力を、お示しください。あのようなまがいもののVA源動基とは違う、真のVA源動基の光を知らしめるのです」

「やり方は、あの黒い船がマグナキャリバーに変化するのを見て、学習されましたな、というわけか。拒絶すればどうするのだ?」

「致し方ありませんな。私が求めたトゥーレの王たる方ではなかったとあきらめます。早々にみまかられることになりましょう。極東の地にて、新たな器となる者の出生までは把握しておりますれば」


 残念そうに肩を落とすジュゼッペ・バルサモだったが目は笑っていない。


「それが火の星より渡ってきた我らを継いだという、最初の大断絶後の第二世代のやり方か?」

「近代合理主義という呼び方が適切やもしれませんな。いかがなさいます陛下?」「おぬしに大西洋の水底から引き上げてもらったはいいが、まだこの神殿の外には出ておらん。今の世を見定めるまで死にたくはない」

 

 ジュゼッペ・バルサモがアッシュール陛下と呼ぶ少年は右手を上げると人差し指で、立体映像状のある一点を示した。

 次の瞬間、静止軌道上のある座標の遮蔽措置が解除された。

 各国の軍や研究機関は、突如として出現したその反応に驚愕する。

 それは超光速航法に突入しつつあったマリー・アントワネット戦闘指揮所においても例外ではなかった。


「トゥーレの王が……目覚めた? わたし……また、間に合わなかった?」


 ミシェル・バーネットは茫然自失として、今にも失神してしまいそうな虚ろな顔をさらしていた。


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