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六章『六億二千万年前の遺産』13

 マーズ・フォリナーはその細身の機体をアクロバティックに海上で動かし続け、巨大な人馬兵型マグナキャリバーに接近しつつある。

 海面上を飛び跳ね、空中をも接地面として利用するこの機動は、操縦者の身体能力を再現することで成立していた。

 無数の光弾を回避しながらの高機動状態は、ハヤトの戦闘スタイルや現状の機体特性とは合致しているのだが、それでも完全に無傷というわけではない。


「ッ!」


 光弾のひとつが肩をかすめて装甲を削る。

 今やマーズ・フォリナーそのものとなっている彼にとって薄皮一枚どころではなく、骨に達するレベルの負傷と同じ苦痛が襲っていた。

 ハヤトにはコクピット内で生じている異変を察知する余裕が無くなっていた。

 文字通り、機体と意識が同調しているためでもあるが、その感覚をコクピット内で再現してしまえば同乗しているサロメの身体が保たないという事情もあった。

 彼の思考は今やコクピット内を離れて、機体そのものと同化している。


「つああああッ! 《ハイ・マニューバ》高速機動遷移ッ!」


 マリー・アントワネットが浮上し、加速を開始したその時点で、ハヤトは自身の感覚と機体を通常とは異なる意味で加速させる。

 

「消失したっ?」


 マシュー・ペリー戦闘指揮所であったその場で、唯一生命活動を続けるロデリック・ギルバート。

 艦長席に着座したたま意識を失い昏倒する彼の傍らに立つミランダは目を見開く。

 VA艦であった時点での管制装置と連動させ、マグナキャリバーとしての能力を解放し攻撃しているのは彼女の意志だった。

 すでに戦闘指揮所内の軍人たちは絶命している。

 唯一存命しているのは彼女が主とさだめたロデリック・ギルバートのみであったが、それも風前の灯火。

 この結果を導き出してしまったのが自分の怒りであり不安だという自責の念が強い。

 だから悪意と打算からこの現状を誘導した存在を認識できない。

 

「単なる加速ではない? 連続しての空間転移?」


 ミランダは人馬兵型マグナキャリバーの放つ無数の光弾の発射タイミングと射出する速度を、空間転移込みの要素も加えて命中精度を上げようとする。

 だが――


「殺気がこもってる方が、わかりやすいんだよ。特に相手が俺みてーな荒くれ者の場合はなッ!」


 マーズ・フォリナーは光弾の雨をかいくぐって中空を蹴り上げ、マシュー・ペリーの戦闘指揮所だった人馬兵の胸部まで間合いを詰めた。


「あなたさえ、そんな機体さえ出て来なければッ!」


 その名すら命名されていない人馬兵マグナキャリバーが巨大な腕を振り上げて、拳でマーズ・フォリナーを叩き潰そうとする。

 ミランダのネガティブな感情すべてが、白銀の機体への怒りと殺意となっていた。


「あなたみたいな役立たずのガラクタなんかがいるからッ!」


 ミランダが叫ぶ言葉はどれも、姉たちから引き離され、人格を考慮せぬ兵器、機械としての自分に浴びせられた罵詈雑言そのままだった。


「穀潰しのできそこないっ! 人真似のお人形っ! バラバラに分解して、どこまで人間みたいにできてるか調べてやるっ!」


 人馬兵の右手が、わずかに動きの鈍ったマーズ・フォリナーを握った。


「つかまえた……ひねり潰してやる」


 ミランダの瞳が狂気に満ちた嗜虐に染まる。

 傍らで身じろぎするロデリック・ギルバートの手が彼女を引き留めようとするかのように振れるが、気付けない。


「ひねり潰してやる……あんたにそんなふざけたことをほざいたやつは誰だろうとな。絶対に……」

「え……?」


 機体が接触したことで伝わってきた大久保ハヤトの思考はミランダを戸惑わせた。

 その思考に伴う感情――怒りは、彼女自身のそれさえも上回るほどのものだった。

 皮肉なことに他者の狂気を認識したことで、ミランダは不完全ながら正気を取り戻していた。


「ぶっ殺すッ! ジュゼッペ・バルサモっ!」

 

 怒号と共にマーズ・フォリナーは人馬兵の指すべてを手刀で切り落とす。

 切断されたそれらは立方状の格子となって分解消滅していく。

 25年後に黒髪のセーラー服をまとった少女が敵対したシルエット・キャリバーを切り払った時と同じように。

 

「きゃああああっ?」


 ミランダの認識が混乱している間に、マーズ・フォリナーは強引に突進して外部装甲を切断破砕し、振動と共に機体ごとかつての戦闘指揮所部分に飛び込んでくる。


「投降しろミランダ・バーネット! 身の安全はこの俺、大久保ハヤトとマーズ・フォリナーが保証する! 他に生きてるやつがいるなら――」


 ハヤトの声は、そこで止まった。

 飴細工や溶けたチョコレートを連想させる不自然な歪みで溶けて融合した乗組員たちと戦闘指揮所の装備や隔壁が目に入ったからだった。


「まだ死に切れていないのはロデリックさまだけです……でも降伏なんかしない。どうせ死ぬのなら、わたしもこのままパパと一緒に……」


 ミランダが恨めしそうな目でマーズ・フォリナーを見上げた。


「パパ? その男か? まだ助かる、助けられる、俺に任せろ! 複雑に溶けて死んだ連中はともかく、あんたが守ったんだろ、そいつを? だったら死なせるな! 最後まで生きるように手を尽くせよ!」


 マーズ・フォリナーの胸部装甲が展開して、コクピットハッチが開放された。

 ハヤトはKGMを手に取ると、サロメが何か言う前に思念でコクピットを閉鎖する。そして単身、悪夢じみた光景となっているマシュー・ペリーの戦闘指揮所だった場へと降り立った。


「ロデリックさまは……パパは助かるの? こんなに……腰から下が艦そのものと融合して……切り離せなくなっているのに?」


 ミランダの言う通りだった。

 ロデリック・ギルバートも他の乗組員たち同様、肉体が無機物と融合している。

 違いは、まだ生命活動が続いていることぐらいだ。

 こうなってしまったのはマシュー・ペリーの制御を担当するミランダが精神の平衡を失い、VA源動基を暴走させてしまったから――少なくとも本人はそう思っている。


「ああ、俺なら、まだ生きてるんなら元に戻せる。そういう技をさんざん仕込まれてるからな」

「だったら早く! 心音が弱くなって脈拍も低下してるの! パパを助けて!」

「代わりに、あんたは俺のものになってもらう。ミシェル・バーネットが仕込んだあんたのコアユニット……このマシュー・ペリーのVA源動基ごと」

「なんでもいいから! 言う通りにするから早くパパを!」

「安心しろ。俺の県で、この男が、まともに死ねるようにしてやる」

 ハヤトは銀色のハードケースからKGMを抜刀すると両手で構え、その切っ先をミランダの隣で昏倒するロデリック・ギルバートの顔に向け、そう言った。

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