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六章『六億二千万年前の遺産』11

 玖堂タマモは夢を見ていた。

 夜の眠りの中で無数の前世を追体験させられるだけではなく、ひどいときには白昼夢という形で不意に意識を奪うことさえあった。

 ただの五歳児でしかない彼女ではあったが、親しい間柄となった入間ナナミの死体を見せつけられた衝撃で、ハーメルン症候群は一気に加速していた。

 だから彼女は自分自身のアイデンティティを守るために、発現させられた異能の力を悪用して日本を離れた。

 彼女に備わる、ある呪い。

 それを破棄するため、そして、もうひとつの理由でタマモはハンガリーの辺境にあるシュトレゴイカバールという都市を目指している。


「何を……やっているのよハヤト?」


 大久保ハヤトと名乗る黒い学生服の少年は、タマモがその旅の途上で、あるトラブルに巻き込まれた前後、なし崩し的に合流する羽目になった奇妙な同行者だった。

 その名が、曾祖父の使っていた剣客としての名だということは前世のひとつを通じて知っている。

 そう名乗るゆえんのある曾祖父の弟子筋の人間なのだと考えている。

 上から目線で何かと子供扱いするところが気に食わないが、それでも彼は、自身が主張するように『無事に玖堂タマモを日本に連れ帰る』という依頼を前提に行動していて無害ではあったし、それなりには気に入った相手だった。

 その大久保ハヤトが、巨大な人馬兵となった黒と緑のマグナキャリバーを相手取り苦戦する情景を、タマモは夢に見ている。


「その背中の獣人種の女の子は誰よ?」


 タマモには白い細身の機体マーズ・フォリナーのコクピット内を認識することができていた。

 明晰夢という形で、夢を見る者の主観的な意志が反映され万能となる状態だからとも言える。

 

「やっぱりあなた、イスタンブールで指摘した通り、わたしやその子みたいな幼い女の子が趣味の変態だったのね。最低だわ!」


 口汚く、ののしってはいるがそれは明らかな嫉妬。


「さっさとご自慢のKGMで、そんなデカブツ、ぶった切って、わたしに言い訳するのよハヤト!」


 タマモ自身の主観はコクピット内のハヤトの背中に近付く。

 こっちを向きなさいと言わんばかりにその手が伸びて黒い学生服に触れようとするが幻影であるかのように通り抜けてしまう。


「何よこれ……ハヤト! わたしの声が聞こえないの?」


 タマモは不安そうな顔で必死に叫ぶ。

 だが、サロメがけげんそうに周囲を見回すだけで、ハヤトは巨大な人馬兵の全身から放たれる無数の光弾を回避し、腕で切り払うことに専念したままだ。

 気付いていて無視しているのではない。

 明らかに、彼はタマモの存在を認識できていないのだ。

 タマモが一番頭に来ているのは、まさにその一点だった。


「さっきから……ぎゃあぎゃあ、うるさくしてるの、だあれ?」


 ハヤトの集中を妨げないで、という感じに、むすっとした怒り顔のサロメが言う。


「そこは、ハヤトの背中は、わたしの場所なのよ! 勝手に座らないで!」


 どいて、と、タマモが手を伸ばしてサロメを後部座席から引きずり下ろそうとする。今度は一瞬だけ、その接点に感覚があった。

 サロメはその時点で、幻視という形で、夢を見ているタマモを認識した。


「いや! ここはサロメのいるところ! あなた、だあれ? ハヤトたいへんなんだから、じゃましないで!」

「っ?」


 バチバチっ、と空中に放電現象が生じ、タマモはその痛みに眉をしかめて手を引っ込めてしまう。


「なによここ……なんなのよ? わたし、いつもみたいにハヤトの隣で眠ったと思ったら……どうしてこんなところに?」


 タマモは今、自分が夢を見ているのだと自覚できてはいない。

 あくまで、シュトレゴイカバールを目指す旅の途中だと考えていた。


「……かりそめの主、玖堂タマモ」


 それはコクピット内でハヤトの傍らに固定されている白銀のハードケースから発信された思念だった。


「けーじーえむ、このひと、しってるの?」

「KGMですって? ハヤトの武器がしゃべるの?」


 タマモの主観の中でKGMは、ハヤトの武器という認識でしかなく、精神感応で意思疎通できる一個の人格だというのは驚きだった。


「再演され続ける破滅の螺旋を重ね……ようやく巡り会えたか。みしぇるどのの気が遠くなるような策も信じてみるものだ」

「意味不明よ。説明しなさい」

「では、本人に説明してもらおう」

「本人?」


 タマモがこの状況下で自分をどう処すべきか考えている間に周囲の風景が一変する。

 星々が瞬く夜空。

 天地を逆さまにして、ひとりの少女がタマモを見つめていた。


「KGM……なのかしら?」


 相手が底知れぬ力を宿していると察したタマモは緊張した面持ちで問いを発した。


「いいえ玖堂タマモ。わたしは大久保ハヤトよ。あなたが知ってる彼の次に……KGMを預かった、かりそめのハヤトよ」


 西暦2035年に時が止まっているままの姿と同じ少女が感慨深そうに名乗った。

 彼女はずっと昔に自分が見た夢をゆっくりと思い出そうとしていた。


「わたしの知っているハヤトも自分は先代からKGMと名を預かっているだけの、ニセ大久保ハヤトだと言っていたわ。もちろん、わたしはわたしのハヤトが言った方を信じるから、あなたの戯れ言になんか耳を貸さないわよ」


 そもそもタマモにとっては、大久保ハヤトとは今現在、自分と共に旅をしている少年であって、代替わりしたなどというのは妄言でしかない。

 何よりも目の前のセーラー服を着た少女がほのめかす、ハヤトとの親密な関係性というものが許せなかった。


「メサイア・プランの刺客でしょうけれど、こんな精神攻撃なんかで、わたしを屈服させられると思ったら、大間違いよ」

「……どうせ具体的にあれこれと言っても、あなたは自虐的な破滅願望を優先するし、そのくせハヤトに依存して甘えるだけの子供だから、多くを語るつもりないわ」

「ニセモノ! あなたこそニセ大久保ハヤトよ! もったいぶった言葉でわたしをだそうとしても無駄よ!」

「助言……忠告を三つだけしておくわよ」

「必要ないわ! ハヤトのところに戻して! 返して!」

「サロメといっしょにいるさっきのあれは、あなたの主観からすれば、まだあなたに出会う前の彼よ。嫉妬するのもわかるけれど、不毛だからやめておきなさい」

「ふざけないでちょうだい! わたしはハヤトと今、旅をしている最中なのよ! まだ出会う前だなんて……そんな……」

「ひとつ、黒き(いしぶみ)はあなたの願いをかなえてはくれないわ」


 信頼するハヤトにさえ打ち明けていない最終目的地を断言され、タマモは動揺する。

「ふたつ、入間ナナミは死者を生前と同じように複製したのではなくて、瀕死の重傷から蘇生されたというだけよ。そもそも、あなたが自分の異能を複製した譲渡する必要なんてなかった」

「っ!」


 セーラー服の少女は、困惑して何も言い返せなくなった遠い過去の自分自身を優しい目で見つめていた。


「みっつ、あなたの大久保ハヤトを、最後の最後まで、あなた自身が自分を信じられなくなっても、信じてあげて。お願いよ」


 玖堂タマモは目の前の少女の言葉を絶対に信じまいと決意していたが、耳にしたその言葉の連なりだけは、なぜだか素直に受け入れられるような気がした。


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