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六章『六億二千万年前の遺産』9

 有能だが愛想が悪くて社長使いが荒い、もと軍人の社長秘書いわく、最大の債権者であるというミシェル・バーネットの依頼を受け、彼の主観からすると25年前の世界に出現してからずっと、KGMは沈黙を守っていた。

 だが、大久保ハヤトの名を受け継いだその瞬間から今現在に至るまで、いにしえの秘儀の伝承院たる一文字キクカが彼に授けた霊剣との精神感応は断たれてはいない。

 その証拠にハヤトは、必要に応じてこの時と場においても白銀のハードケースから霊剣を抜刀してきた。


『ハヤト、さろめに索敵させるをやめさせろ。この状況下では、確率的にゼロではない可能性すべてを認識して気が触れる可能性さえある! いかに太古の神人種の末裔とはいえ、幼子では身体が保たない!』

「……薄情者。ちびっ子のピンチになって、やっと、無視すんのやめたのか」


 ふてくされ気味に応じながらハヤトはコンソールを操作し、助言を受け入れてサロメとマーズ・フォリナーの精神感応を解除する。


『無視しているのであれば抜刀させず、力を貸すこともしていない。私は内親王殿下、そして、みしぇるどのとの約定に従ったまで』

「ふはあっ? ハヤトとおはなししてるの、だれえ?」


 サロメにはKGMの声なき言葉が聞こえていた。

 機体との同期が解除されたことで幻視は終わっている。

 完全に恐慌状態から回復しきってこそいないが、目の前に大好きな少年がいることで精神的平衡は保たれている。

 だが彼女は、天空の女王と呼ばれる超古代の半神の器に選ばれるほどの鋭敏な霊的知覚の持ち主であり、ハヤトとKGMの霊的交信もたやすく認識できていた。

 

『KGMとでも呼ぶがいい、遠き同胞(はらから)さろめよ。私は大久保ハヤトが帯びる鋼の剣に宿る霊だ』

「けーじーえむ? おねえさんなの? おにいさんなの?」

「俺には、姉貴がよそゆきモードの時と同じ感じに聞こえてる」


 言いながらハヤトはマーズ・フォリナーを駆り、黒い海面を疾走しつつ障害物となって行く手をさえぎるシルエットキャリバー状の粘塊を切り払っていた。


「サロメには……わかんない。ハヤトみたいなかんじもする……でも、しらないおねえさんみたいなかんじもする」


 ハヤトはサロメの心身に負荷をかけまいとしてコクピット正面のスクリーンを偽装していた。

 そこに映っているのは殺風景な海と空。

 だからこそまだ幼い少女は穏やかな口調で会話を続けることができていた。

 しかし実際に白銀のマグナキャリバーは暗黒の世界が生成を続ける敵対者との絶え間ない戦闘を強いられている。

 マリー・アントワネットにサクリファイザを返して、細身のシルエットキャリバーとなったマーズ・フォリナーは、無数に海面から湧き出る黒い機体群をなぎ払いながら、マシュー・ペリーに迫っていた。

 だが――


「忌々しい赤いマグナキャリバー! わたしとパパを苦しめる悪魔ッ!」


 ミランダの意識は彼女とロデリック・ギルバートを破滅に追い込んだマーズ・フォリナーへの憎悪に凝り固まっていた。

 その思念を彼女の存在と自我でもある霊結晶が極端な形で増幅し、マシュー・ペリーの本質であるVA源動基に送り込む。


「こわしてやる……世界の敵……わたしとパパの敵!」


 ミシェル・バーネットが妹であるミランダに与え、大切に育てるはずだったその心が悪意に染まる。

 彼女たちが本来の敵に対して使用するはずだった秘匿された機能が発現していく。

 天空から複数の光条がマシュー・ペリーの艦橋部分に降り注ぐ。

 軌道上に現存する古代トゥーレ文明の遺物へのアクセス能力を、ミランダは無意識に発揮していた。

 フェッセンデン疑似粒子の光芒は、マリー・アントワネットが超光速航法を成し遂げようとしているのと同じ力の源泉を利用して超常の力を用い、ある結果を現出せしめる。


「なんだよこれ……俺が習った世界史の教科書には……こんなの書いてなかったぜ」


 直接、自分の視覚野にのみ投影された光景にハヤトは戦慄する。

 それは、マシュー・ペリーの艦橋部分を胴体部分として成立した、緑色の巨大な人馬兵として出現したマグナキャリバーであった。

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