六章『六億二千万年前の遺産』7
「もう一度だけ言っておく。もしもミシェルとあんたが、この先の筋書きを知った上で俺を好き勝手に駒として使ってるとわかったら……誰がなんと言おうとぶっ殺す」
大久保ハヤトは後部座席のサロメに配慮して表情は変えずそう言ったが、通信パネルの画面に映る一文字キクカは、彼の目が笑っていないことに気付いていた。
その虚無の翳りを宿す瞳は、彼女が知る、彼の父親の幼い頃を連想させるものだったが、この場では口にしていい知識ではないため言及しない。
「どうぞご自由にですの」
25年後には玖堂タマモが伝承院さまと呼ぶ、上古の装いをまとう非公式な皇女はその凶悪な視線に臆することなく応えた。
毅然としたその表情には、彼とその父への愛情と憧憬が秘められていることを知る由もなく、ハヤトは微少な振動を始めたKGMのハードケースを握ってそれを止めた。
「ハヤト、こわいこと、いわないで?」
「……なるべく。そうしてやってる」
サロメからの言葉に振り返らずハヤトは手早く左手だけでコンソールの表面を操作して、破損した外部装甲をパージさせた。
ダイレクト・ブローアップ時のそれとは異なり、重装甲とその下の拡張部分までも含めてであり、素体だけとなったマーズ・フォリナーは全高10メートル前後の細い身体を露出させた。大きさとしては通常のシルエットキャリバーと同程度となっている。
「さくりふぁいざ、もう要らないんですの?」
「さっきの依頼をやるってんなら、なるべく身軽な方がいい。KGMを使う分のひとかけらだけは使わせてもらう」
「好都合ですの。でしたら、まりー・あんとわねっとの方で、いただきますの」
直後、一文字キクカの姿は通信パネルの画面から消えた。
それと同時に、パージされた外郭部分や拡張部分はすべて、光の粒に変化していき、海上を飛んで元来あった場へと戻っていく。
「……あんたはぶっ壊すとか殺すとかの話するより、ちびっ子の相手してるか、ボロ船でのーてんきに電気を配ってる方がお似合いなんだよ」
サロメには意味不明な述懐をぼやきながらハヤトは機体の状態を確認し、右腕に装着されていた拡張部分をマーズ・フォリナーに拾わせた。
「あ、妨害がクリアされました! ハヤトくんそっちはどう? サロメは?」
一文字キクカではなく、カトリーヌ・フォルタンが通信パネルに表示される。
上官であるデシャルムやミシェルに対しての言葉遣いが、交信相手であるハヤトに対しては違っている。
「カトリーヌだー」
「依頼主から注文は受けた。あっちの艦のVA源動基とミランダ・バーネットはきっちり回収してやるよ」
「現状と今後の作戦行動のデータ送るから、なるべく早く、無茶しないで格納庫に――って、なんですかこれ!」
マリー・アントワネットの戦闘指揮所内は騒然とした。
接近しつつあるマシュー・ペリーはメインスクリーンに投影されていたが、その黒く尖った船体が不気味な緑色のオーラを放ちながら、ある変化を遂げつつあったからだ。
「違う……わたしの知っているマシュー・ペリーにこんな機能は存在していない」
マシュー・ペリーはもはや軍艦としての形態を維持できなくなっていた。
黒い溶岩がでたらめに広がりながら、少しずつ艦船としての形を崩壊させつつある。 そして、その質量の増大は明らかに本来のこのVA艦のそれを超過していた。
「使っていたのね……ジュゼッペ・バルサモ。高次元波動受容細胞を」
ミシェルが言ったそれは、かつて彼女が属していた時の流れの中でも使用されて、そこでの第三次世界大戦を凄惨なものに変化させた大量絶滅兵器にして、理想的な産業資源兼エネルギー放射源だった。
それは20世紀の初め頃、南極で発掘されてしまっていた。
「ミランダ……どうして……そこまで」
「ロデリックさまは死なせない……マグナキャリバーに対抗できるのはマグナキャリバーだけ……それならわたしが……ミランダがパパのために!」
崩壊しつつあるマシュー・ペリーの戦闘指揮所内では、傷付き倒れ伏したロデリック・ギルバートの傍らにしゃがんだミランダが目を血走らせて叫んでいた。




