六章『六億二千万年前の遺産』6
「デシャルム艦長、推測通りです。捕捉しました。本艦の周辺に3、いえ4隻の小型艦艇が展開しています」
カトリーヌ・フォルタンが預かる統合管制コンソールの画面には、マリー・アントワネットを包囲する4つの輝点があった。
それはマシュー・ペリーが敵艦であるこのマリー・アントワネットのVA源動基を封殺するために放った抑制装置を搭載したブルーム・シャークという小型艦艇だった。
「おそらくそれが本艦のVA源動基を封じている鎖だ。マシュー・ペリーは?」
デシャルムは愛用のパイプを右手でもてあそびながら目を閉じている。
大久保ハヤトとミシェル・バーネット抜きでの作戦行動はすでに伝達し、後は実行するだけの状態だった。
「大久保ハヤトの赤い機体にキャリバースキルを使った後、再チャージに入ったままです。こちらに対してはさっきのモルフェウス弾だけで、攻撃がやんだままです」
「隔壁を破ってまでシルエットキャリバーを出して、派手な被害を演出した甲斐はあった。小型艦艇の重力障壁レベルはどうか?」
「キャリバースキルを使った影響でしょう。通常攻撃でも押し切れるレベルに低下を確認しました」
デシャルムにとってそれは、偶然か幸運か、とにかく、望外の出来事だった。
VA源動基を封殺しているのならば、その妨害装置が近くにあるはずで、それに対して集中砲火を浴びせて撃破。こちらのVA源動基の復活を果たす、というのが作戦だった。
挑発的な通常弾頭での攻撃で敵艦からの攻撃を誘い、その被害を自作自演で派手に見せかけつつ、存在を遮蔽させたシルエットキャリバーでその妨害装置を潰すという手ははっきり言って自滅必至の無謀な行動でしかなかった。
だが、大久保ハヤトとの通信を妨害され、ミシェルの意識が無い状態では、彼はその賭けに全財産のチップを投じるしかなかった。
そして結果論だが勝った。
運も実力の内さ、と、キューバ危機の前後に同行した初代の大久保ハヤトのセリフが老将の脳裏で反復していた。
「よろしい。シルエットキャリバー各機、コバンザメどもを良く狙え。使用可能な艦砲およびVLSは、すべて小型艦艇に砲火を集中しろ、撃てッ!」
デシャルムの号令のもと、VA源動基技術に依存せず発達を遂げた光学迷彩を解除した4機のシルエットキャリバーが放つ電磁加速ライフルが火を噴く。
それと同時にまだ機能していた火砲、発射されたミサイル群が、4隻のブルーム・シャークに容赦なく浴びせられた。
「小型艦艇、4隻とも爆散しました」
カトリーヌの報告直後、戦闘指揮所内の壁面やコンソール、そしてメインスクリーンの画面に再起動表示が浮かび上がる。
「VA源動基、機能回復!」
「うむ。では、ここで一気に畳みかけるぞ。最大戦速でマシュー・ペリーに接近する。全武装およびシルエットキャリバーにアルケミックチャージ!」
この時点でデシャルムもマリー・アントワネット乗組員もブルーム・シャークの詳細な機能は知らずにいる
それゆえに、小型艦艇を潰したとはいえ、同様の攻撃でVA源動基を再度、封殺されるのを恐れ拙速であることを求めて、打って出る。
「ダメです! 艦そのものにはチャージが進行していますが……ダブリューデバイスの一部に損傷あり! 全兵装、チャージ不能!」
反撃の高揚に代わって、落胆が戦闘指揮所の空気を支配する。
「艦そのものにはチャージが進行中なのだなフォルタン中尉?」
パイプを握りつぶしそうな勢いで力を込めながらデシャルムは問う。
「はい、重力制御および障壁、慣性制御、すべて有効化しました。高機動航法で海域からの離脱は可能かと」
「いや、ここでマシュー・ペリーは撃沈する。そうしなければ我々には明日はない……本艦そのものを武器として……この海域を突破する」
「けど艦長、武器が使えないんだ」
砲雷長の青年士官が悔しそうに反応する。
「いいや、ある。本艦そのものを武器とする。機関室、VA源動基の出力を最大に! 重力障壁を艦首に集中! 大昔の海賊のように敵にぶつける!」
デシャルムがそう言った直後、それまで死体同然に動かなかったミシェル・バーネットの身体がぴくりと反応し身体を起こす。
「デシャルム艦長。残念ですが、この位置からの加速ではマシュー・ペリーの重力障壁を突破できる確率はきわめて低いと言わざるを得ません」
「ただの加速ではないよバーネット嬢。きみが教えてくれたはずだ。この艦は光の矢となって、星の海を渡ることができるのだと」
「超光速航法? まさか、惑星上での短距離移動で?」
「もともと、我々が勝って生き延びるには危ない橋を何度も渡るしかない。きみが反対しても私は命令するだけだが、どうする?」
「……いいでしょう。ボスはあなたです元帥閣下。カトリーヌ、座標の計算はわたしがやりますから、あなたは現状のダメージ報告と艦の気密化プロセスをお願い」
「はい、少佐!」
「それと大久保ハヤトの赤い機体は以後、マーズ・フォリナーと呼称するようにね。格納庫は彼の機体の回収準備を」
「……彼には助けられたが、さすがに回収は無理ではないかねバーネット嬢?」
「いいえ、必ず回収できますよ。彼とあの機体なら、仮にわたしたちの艦が光の速さでこの星を離れたとしても、追いかけてきますから」
ミシェルの表情は凛々しく張り詰めていたが、それはまるで自慢の教え子を誇っているかのようだとデシャルムは微笑した。
マシュー・ペリーがブルーム・シャークすべてを撃破され、敵艦のVA源動基の復活を確認したのは、射手座彗星砲の二射目を先刻同様にマーズ・フォリナーに受け流されてしまった直後だった。
「ロデリックさま、撤退を! この艦のマグナキャリバーはまだ生まれ落ちる途中で、しかも正当な乗り手を欠いたままです! 勝ち目はありません!」
ミランダは艦長席のロデリック・ギルバートに迫って半ば懇願するように迫った。
だが彼女が慕う優しくも厳しい成熟した男はギロリと険悪な視線で応じる。
「マグナキャリバーとやらの情報、なぜ伏せていた。私はこの艦の全権を預かる艦長のはずだ……なぜ黙っていたミランダ?」
「そ、それは……マグナキャリバーの機密を開示可能なレベルが……将官以上で」
事実ではあったが、伝えた答えは別にある。
マシュー・ペリー専属のダブリューデバイス制御装置となったミランダは、自身の自我と知性の中枢である光量子結晶とこの艦のVA源動基を同期させたことで、本来であれば機密とされる情報を知り得てしまっていた。
ジュゼッペ・バルサモという男が、それを企図して、幼かったミランダを、あらゆる手段を講じてミシェルの元から誘拐同然に奪ったのは、そのためだった。
バーネット姓を持つミレーユ、ミシュリーヌ、ミシュレット、そしてミランダたちの光量子結晶体が、他のヒューマニッカとは異なる特別なものだと知ってのことだ。
ジュゼッペ・バルサモはVA源動基からミランダを経由した知識を得て、彼女に対する興味を無くしロデリック・ギルバートに下げ渡したのだ。
そしてミランダ自身は自身が得手しまった知識と情報を必要とあらばロデリックのために役立てることはあったとしても、その時までは軍規に触れぬよう、隠し通していた。
「いや、いい。愚問だった。おまえはどんなにかわいらしい姿であってもその本質は、やはり軍事用ヒューマニッカ。立場上、知り得た情報を伏せるのは当然だ。許せミランダ、私の発言は不適切だった」
パパが悪かったよ、そう言われることを願っていたミランダの願いは打ち砕かれた。どこか空々しい謝罪の言葉がつらかった。
「パパ!」
私的な場でのみ許されている呼びかけでミランダはロデリックにすがる。
「ごめんなさいパパ! ミランダほんとうはね――」
どんな失敗をしても最終的には許してくれる魔法の呪文となる言葉で。
「戦闘状況が落ち着くまでは私の役に立ってくれ。甘やかす余裕はもう無くなった」
「……はい、艦長」
「敵マグナキャリバーは?」
「サクリファイザを戻して、元の重装甲型に変形しました。牽制なのか、移動はしていません。マリー・アントワネットはこちらに接近しつつあります」
「180度回頭後、射手座彗星砲を敵艦に放つ。艦尾の重力障壁は最大レベルに!」
「それよりもこの海域からの離脱を進言します」
「ミランダ、私はおまえにそんな助言など求めてない。命令に従ってくれ」
「……はい」
すでに三射目のためのエネルギーチャージは始まっていた。
ロデリックはそれをマリー・アントワネットに向けて撃つべく命令を下した。
この時点で彼はすでに、自分の失策に気付きかけていたが、ミランダとの間の感情的なしこりがそれを認めさせず、素直に助力を乞うという選択肢を否定した。
二射目をも受けてしまった大久保ハヤトのマグナキャリバーも不本意な行動を強いられていた。
彼としては二射目を凌いだ直後、マリー・アントワネットと合流する前にマシュー・ペリーを攻撃して状況を変えようとしたのだが、機体の管制に割り込んで、それを邪魔されていた。
「あんたの仕業か!」
さすがのマグナキャリバーも二射めはそのエネルギーを完全には吸収できず、機体の表面は装甲の大部分が融解していた。
とはいえ、直撃を受ける寸前に、展開していた装甲が元に戻り、重々しい甲冑を彷彿させ形態に変化していたお陰なのかまだ稼働状態は維持できている。。
「いいですかハヤトさん、まぐな・きゃりばーは、ちょっとやそっとでは、壊れないから大丈夫ですの」
コクピット内の通信モニター画面にはのちに玖堂タマモが伝承院様と呼ぶ長い黒髪の少女の姿が映っていた。
「ハヤト、このおんなのひと、だれ?」
「俺の国が秘密にしてる方のお姫様だ。キクカねーちゃんっていう。もったいぶると、伝承院とか呼ばせる」
「はい、ご紹介にあずかりました一文字キクカですの」
キクカは初対面であるサロメに対して軽く会釈する。
「わたし、サロメ」
サロメもキクカを真似て、軽く頭を下げた。
「で、なんでマーズ・フォリナーの動きを停めた? さっさとマシュー・ペリーを潰さないと、あんたの艦がやられるんだが」
「……ミシェルさんからの伝言ですの。まりー・あんとわねっとはこれより敵艦に肉薄して撃破、その後離脱する。ハヤトさんには、破壊されるあの艦から、VA源動基と、ミランダさんという女の子を回収してから合流して欲しい、だそうですの」
「それも依頼の内に入るのか? っていうか通信まだ回復しねーのか?」
「ええ、ハヤトさんが仏頂面でそう質問したら、その通りだと答えて、だそうですの。それと、このちゃんねるはKGMさん経由ですから、便利には使えませんの」
「……ひとつ聞く。ミシェルも、あんたも、結果がどうなるか知ってるのか? それとも経験済みなのか? どっちだ?」
「わたくしもミシェルさんも……すべてを存じてはおりませんわ。あなたが知っている一文字キクカと、ここにいるわたくしが同じわたくしかどうかも含めて」
「その逆に、俺が知ってるミシェルとあんたは、俺がここに来て何をするのか……それは織り込み済みだった……そうだな?」
「それはあなたが、ご自分の属していた時の流れに戻ってから、そちらのわたくしたちに質問してくださいな」
「生きて帰れたらな。とある訳知り顔のやつの話だと、俺は今から16年後――姉貴が5歳児だった頃に死ぬらしい……ま、信じちゃいねーけどよ」
サロメが心配そうな顔をしたのを察したハヤトは不自然ではあるが、ぎこちない笑みで冗談めかし、傍らのホルダーに固定してある白銀のハードケースを見た。
ここでは、未だ存在すらしていない姉が使っていた愛刀からは、本来の場所ではそうだったような剣の意思は伝わってはこないままだった。




