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六章『六億二千万年前の遺産』4

 黒曜石にも似た黒い輝きを放つマシュー・ペリーは、ロードタイプ自転車のサドルをさらに細長く伸ばしたような形状をしている。

 全長700メートルを超える巨大な艦は、優美な曲線で構成されているが、艦橋の前面に3門、後方に2門配置された3連装のそれを除けば、外観からは武装のすべてを想像することができない。


「砲雷長、主砲の照準を調整しろ。敵艦の中央にあるVA源動基には当てずに仕留める。あれを回収して、我が合衆国が三隻めのVA艦を建造したいというのがお偉方と大統領の方針らしい」


 降伏勧告を終えて通信を打ち切ったロデリックギルバートは部下に指示すると艦橋のメインブリッジ後方艦長席で制帽の位置を直した。

 傍らの電子戦管制官席という名目での特等席にはミランダが着座しているがその表情は虚ろだ。

 マリー・アントワネットへの通信時と、仮想空間においてはメイド服姿ではあったが、さすがにここではアメリカ宇宙軍の女性用制服だった。


「ミランダ、そちらの進行はどうなっている? プロトタイプとはいえ未開示の装備は多い。できれば無傷で確保したいところだ。ミランダ?」


 自分の問いにだけは、忠犬のように即、反応するはずの彼女が沈黙を守っていることにギルバートは違和感をおぼえた。

 現状のように電子戦を進めている場合ても、これまでミランダが答えなかった事例は存在しない。


「……ロデリックさま」


 ささやきに近い声がギルバートの耳にだけ届く。

 1994年、パレスチナ政府代表がイスラエル人のもと軍人に暗殺された報復としてニューヨークで起こした大規模爆破テロで負傷し、半年後に死亡した娘の末期に似た声だった。


「ミランダ! 電子戦は打ち切って意識を完全に引き戻せ!」

「できま……せん。それより早く……あの艦を沈めないと……大変なことに」


 ミランダの両腕が操作卓に伸びていき、尋常ではない速度で動き始める。

 それに伴いマシュー・ペリーの制御はミランダの預かるところとなり、ブリッジ内の各オペレーターや艦内各部署からの緊急事態を告げる報告が飛び交う。


「やめろミランダ! 私はそんな命令は出していない!」

「早くしないと……マグナキャリバーが来てしまう……あれには……あんなものには勝てない……逃げられなくなる……」


「艦長! ラ・グランド・テールで展開した統合ユーロ軍のシュペル・ミラージュ全機反応ロスト! あの赤い機体に撃破されたと思われます!」

「バカな? いくらあちらが新型のシルエットキャリバーとはいえ、シュペル・ミラージュも最新鋭で、それがたった1機に16機全部やられたのか?」

「本艦のVA源動基からのエネルギー供給を受けていた機体すべて、完全に沈黙しています」


 小型艦艇に分散してシュペル・ミラージュを格納し、バッテリー起動で敵基地を急襲。

 制圧戦の半ばでエネルギー切れかと思わせたところでマシュー・ペリーが来援することで稼働時間を大幅延長。

 敵の出方をうかがいつつ反撃を受け流した上で撃破し無力化する、というロデリックの策は、艤装途上だったはずのマリー・アントワネットの緊急発進と赤い機体の活躍で、ここに完膚無きまでに破られた。

 

「敵艦から魚雷8! VLSから誘導弾9! こちらを狙っています!」

「あちらのVA源動基の反応はほぼ停止したはずだ!」

「はい、エネルギー反応はミランダさんのブルーム・シャークが起動して以降、動力炉近辺でごくわずかだけ、そのままです」

「確認しました艦長! 敵が撃ったのは全部、通常弾頭! モルフェウス弾でもないしアルケミックチャージもされてません! 全部!」

「……なんだと?」


 VA艦の基本能力として備わる重力障壁に対して、これまで用いられてきた兵器は核でさえも目くらましの照明に成り下がっている。

 艦の全周囲を包む強固な守りを突破できるのは、それを貫くことが可能な超常の力を宿す古代兵器あるいはそれらを復元解析したVA兵器だけなのだ。

 その事実はカミーユ・デシャルムも知っているはずだとの考えが、ギルバートを警戒させた。

 軍人として才幹を示しながら中将で引退して政界に転身し、その後また軍人となった老人を甘く見てはいないのだ。

 

「ミランダ、意地を張るな。パパを困らせないでくれ?」


 ギルバートは庇護下においてからは何があっても必ずミランダが大人しく従ってくれる魔法の言葉で艦の制御を本に戻すよう促す。


「いけませんロデリックさま……早くあの艦を沈めて逃げないと」


 赤いマグナキャリバーとそのパイロットが、ラ・グランド・テールからこの海域に到着してしまえば、未だマグナ・キャリバーを復元できていないこの艦では対抗手段もなく撃破されてしまう。

 ミランダを駆り立てているのは自分にとって唯一残された大切な家族を守ろうとしての決意だった。


「それは、女が伴侶と認められていて、単なる奴隷として待遇されてはいないことである」


 25年後にカミーユ・デシャルムがマリー・アントワネットの全機能を解放したのと同じく、ロデリック・ギルバートもその言葉を口にしながら自分の手を専用の操作卓に押し付けて、艦の最上位指揮権を確立させた。

 強制的にミランダの介入を排除し、電子戦をも打ち切った。


「きゃあああああっ?」


 その全身に静電気の火花をパチパチと爆ぜながらヒューマニッカの少女の意識は完全に現実へと引き戻される。


「砲雷長、例の赤い機体は補足できているな?」

「高速で水面ギリギリを飛翔して、この海域に接近しています。主砲すべて、追尾できています」

「よろしい。ではマリー・アントワネットにはモルフェウス弾を焼灼モードで6発打ち込め。主砲すべては赤い機体に照準を合わせろ。主砲の斉射後、赤い機体に向けて、射手座(サジタリアス・)彗星砲(ノヴァ)を撃つ!」


 ブリッジ内がざわめく。

 それはVA艦としてマシュー・ペリーに与えられた最大最強の武装であり、他のVA艦には存在しない固有の秘匿兵装だからだった。


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