六章『六億二千万年前の遺産』3
ミシェル・バーネットの隣に出現した赤い髪の少女。
黒い大きなリボンで結わえたポニーテール。
ひざまである白いブーツ。
二の腕部分は肌をさらしているが、手袋を兼ねているアームカバー。
短めのスカートと一体化している胴体部分は全体的に白い。
裏地が赤くなっている、これも真っ白な長いマント。
特徴的なのはその胸の中央に位置する深紅の円球。
かすかに光を灯す宝玉は一定周期でさまざまな美しい色彩に変化していく。
エメラルドのような緑の輝きを放つマグナキャリバーの肩からミシェルとその少女を見下ろすミランダは、記憶にない遠い昔、どこかでその輝きを見たというあり得ない錯覚に囚われ身動きを止めてしまっていた。
「准将、確かに港の方は片付いたところだけど、これって超過勤務だと思う」
左手に銀色のハードケースを握るその少女は小柄で、この時点から25年後の玖堂タマモと同様の背丈。
面差しも、どことなく似てはいるが、タマモを静とすればこの少女は動という感じに攻撃的な印象が強い表情だった。
「わたし、まだ少佐です。しかもフランス本国からは身分剥奪されてますし」
隣に向き直らずミシェルが答えた。
「その胸の輝きと波動はVA源動基と同じ……まさか高次元波動変換想衣っ?」
少女がまとうそれは本来、VA源動基を制御する役目にある者たちが装備する特殊な儀礼服である。
6億2千万年前に端を発し、その後、現代に至るまでの間、幾度かの知識と文明の大断絶を経てもなお連綿と受け継がれてきた古文書や口伝では、そうなっている。
「呼ばれた先で、まさか、またこの姿になれるとは思ってなかったけど、口うるさい社長秘書が、初仕事の時にそんなこと言ってた気がするなあ」
うっとうしそうに彼女は、黒い大きなリボンで結わえたポニーテールを揺らす。 視線の先にミランダを捉えてウインク。
「わたしもその姿を見て、やっとあなたが誰で、あなたの母親が誰なのか理解できましたよ。大久保ハヤトさん」
ミシェルは微笑を浮かべていた。
データとして仮想的にマグナキャリバーの力を引き出しながらも警戒するミランダはそれが不愉快だった。
彼女を姉として慕っていた頃に、大好きな微笑みだったからだ。
新しい何かに取り組んで達成すると、そんな微笑で優しく抱きしめてくれた。
あまり上手ではない出来映えのアップルパイとシードルでお祝いしてくれた。
そんな彼女が自分を奴隷として売り払ったという事実がミランダを激しい敵意に駆り立てていた。
「内輪の話で盛り上がるなんて、ずいぶん余裕があるのね」
大久保ハヤト、そしてミシェル・バーネットに対して攻撃するのではなく、自分に対して関心を向けろとばかりにミランダが言う。
緑色の巨体が威圧的な前進を開始し、拳を作って大げさに見せつける。
「マリー・アントワネットは、もう一度マシュー・ペリーからの主砲を受けたら終わり。VA源動基も私があなたたちを排除してから掌握する。無駄な抵抗は時間の無駄よ」
大久保ハヤトの名はミランダの知識にも存在する個人名だった。
1962年のキューバ危機に前後して活動を開始した傭兵で日本人の男性。
黒い詰め襟に金ボタンの学生服姿で木刀を手にした小柄な少年。
それを撮影した写真が、彼を雇用した、あるいは敵対した情報機関・軍組織に保存されている。
当時は未確認の生物・機体・事象だった年代記収穫者〉を相手に対処できる専門家として重宝された。
主な雇い主だったフランス外人部隊第一機甲連隊に保管された記録では1974年のポルトガルで起きた俗に云うカーネーション革命において、とある要人を警護し、首都リスボンから国外に脱出させたのが最後の任務となっている。
「だいたい、大久保ハヤトは男性で、それも今となってはかなりの高齢だし、使う武器は土俗的呪術でアルケミックチャージされた木の剣。胸の霊結晶は確かにロゼッタ・クロウズの証拠だけど、記録にある写真の学生服と、そのふざけた姿はまるで違うわ」
「霊木刀の方はキューバ危機の時に使い潰して修復中。このKGMは代車と同じで和服のお姉さんから借りてるだけ。あと自分は大久保ハヤトの三代目」
「いちいち混ぜっ返さないでよ! 邪魔するならどこの誰でも排除するわ!」
緑色のマグナキャリバーが右足を浮かせて、ハヤトとミシェルに無慈悲な蹴りを浴びせた――かに見えた。
「あり得ない! 現実空間ならともかく、人間の思考ルーチンでこの物量に対処できるはずないのにっ!
大久保ハヤトはKGMは左手に握ったまま、マグナキャリバーの右足つま先に、右拳をぶつけて拮抗していた。
「高次元波動変換想衣は装着する者の思考を反映して、それを具象化するものよミランダ。わたしたちヒューマニッカとは違ってハヤトさんにとってはプログラム展開やダミーを走らせる認識はないわ」
「だったら、だったら、どういう認識で、影とはいえマグナキャリバーと押し合いができるっていうのよミシェルお姉様っ?」
ミシェルは回答を譲るように、ちらりとハヤトに目を向けた。
その気配を察してか、ハヤトはマグナキャリバーの肩に頼りなさげに立つミシェルにもう一度ウインクする。
「ただ単に、目の前の敵を吹き飛ばす……それだけっ!」
三代目を自称した大久保ハヤトの胸で、目まぐるしく移り変わる色彩の霊結晶が強く光り輝く。
「そん……な……」
仮想空間上に展開したマグナキャリバー級の巨大なデータは、視覚的にそのつま先から順に立方状の格子となってから消滅を開始していった。




