断章『夏の日の夢』14
新型コロナウイルス肺炎が流行していますが、みなさま、お体を大事になさってください。
世話になっているのが都会の大きな病院なので通院するたびに怖いです……。
それは鎧だった。
ケイの右腕は、手で触れている機体のそれを模した装甲をまとっている。
半ば物質、半ば霊力のかたまりとして、半透明の力場として、顕現していた。
「って……なにこれ、めちゃくちゃ痛いんですけど!」
苦痛に顔をゆがめながら、ケイは装甲――右腕だけ装着した状態で、大振りの手刀を一閃する。
自分とカレンを包囲していた怪異どもに向けて。
「とっとと消えろーっ!」
若草色の霊波動が灰色の世界を走る。
ケイとカレンを取り囲み、今まさに襲いかからんとしていた醜悪な怪物たちを呑み込んでいく。
「な……なんだあれは?」
カレンがシルエットキャリバーに乗り込むことを期待し、離れた位置から観察を続けていたデーヴィット・ハザリアも、ケイの放った霊波動に驚愕する。
「生身で機体の……シルエットキャリバーの力を放出した……だと?」
実例は第三次大戦中に大久保ハヤトという少年が幾度となく見せつけていることをハザリアは思い出すが、それは機体がマグナキャリバーという特別なものであったし、ハヤト自身も完全同調者という別格の存在なのだから、と思考を巡らせた。
「では、カレンの同行者であるあの少女も、トゥーレを生きた過去世の記憶と自我を持つ選ばれし者というわけか」
ハザリアのひとりごとは驚異的な能力を目撃したことに対する衝撃の強さからのもので、誰かの反応を期待してのものではなかった。
「いいや、そうではないのですよデーヴィッド・ハザリア卿。徳川ケイくんにはトゥーレという滅びた世界との因縁はありませんぞ。ただ、その昔、私が懇意にした者に伝えた技を習得していたというだけのことでしてな」
にも関わらず、その男は気配を察知させることなくデーヴィッド・ハザリアの背後に立って、悠々と講釈していた。
「この私が気配に気付くこともなく後ろを取られるとは……そなた何者ぞ?」
「この国では日系イギリス人シモン竹内、オーストラリアではシモン・T・エワルド、そう名乗っている成金貿易商ですぞ」
シモンと名乗った中年男は古めかしい燕尾服に木製の西洋杖にシルクハットと片眼鏡という時代錯誤的な洋装だった。
式典用の軍服であるデーヴィッドのそれとは、さほど違和感なく調和していて、二人の背景には百年から二百年ほど過去のヨーロッパにおける宮廷外交の場を連想させることができた。
「エワルド……我等、ハザリア最高法院に歯向かうあの忌々しいエワルド商会の手の者か!」
ケイが武装を完成させ、カレンを守って戦うのを見据えながら、デーヴィッドは不愉快そうに言った。
「そこは商売敵と言ってもらいたいところですな。私は復讐者気取りの泣き虫なヒューマニッカの少女に借りを返すため二百年かけて全財産を投資した。そちらはそちらで救世主計画とかいう預言遂行機関を作って、唯一神とその御子が世界を滅ぼしたのちに救済するという三文芝居を上演しようとして、しくじった」
シモンは懐から分厚い葉巻を取り出した。目に見えぬ刃が吸口をカットしてからそれを口にくわえた。ライターもマッチも使わぬままで先端は着火していた。
美味そうに香気を味わうと彼はデーヴィドの肩を叩く代わりのように、紫煙を吹きかけた。
他者の存在とその不快な煙に顔をしかめながらアメリカ戦略機甲軍の式典服を着た人物は、ようやく背中に振り返った。
「私は前任者とは違う。貴様ら不確定要素を甘くは見ない。その西洋杖で私の首を刎ね飛ばすのが、魔導拳銃魔導拳銃の抜き打ちより早いとしても……後任者には貴様らをあなどるなと託すだけだ」
「これは心外だ。私はそんな真似をするためにここへ来たのではないというのに」
「では私を人質にして、ハザリア最高法院との交渉材料にでもする気か?」
「いいや、私はハザリア最高法院とではなく、あなたと交渉するためここへ来た」
「……大久保ハヤトとやらのように、ハザリアの姓を持つ者を始末した方が効率的だとは思うのだがな」
「短期的に考えればそれはそうだろうし、ハヤトくんの行動は当時としては適切だったとは思うが……私は気長に長期の投資をして儲ける主義でしてね。この場からの無事な退去と交渉チャンネルを確立することを対価に、私からの要求を受け入れてもらいたい」
「カレンは渡せぬ。精神制御の解除はアルハザードが不在の今、私にもできぬぞ」
「それは我が師ローゼンクロイツの導きを経て、彼女が決めることであるからして私の要求とは別の問題になりますな」
「ではあのイザナミという番外のマグナキャリバーと、その眷属に手出しするな、ということか?」
「それもありますが、私が求めるのは徳川ケイ、彼女に関するものです」
そう言うとシモンは無遠慮にデーヴィットの隣に進み出て、少女たちの同行に目を向けた。
断末魔らしき悲鳴を上げて殺到する怪異の群れだったが、それは次の瞬間、ほぼ全身を鎧武者のごとき姿に武装したケイが放った霊力を噴出させる蹴りで一蹴されてしまう。
「はあ……ふう……なんとかなった……かな?」
「ケイ、その力は?」
「ああ、これってさ、あたしが田舎で教わった訓練法の応用なの」
凛々しき姿の女武者といった状態のケイは苦笑してカレンに答えた。
「本来は霊力ある刀とかを使いこなすために、その分霊を取り込んで、イメージした通りに再現することで慣らし運転するみたいものなんだ」
「ケイのやってることは、霊結晶無しで高次元波動変換想衣をいちいち創り出しているようなものよ」
「ロゼッタクロースってなに?」
「しゃべっていて思い出したことよ。見せてあげる」
カレンは短く呪文めいた言葉を紡ぐ。
するとまばゆい光と共に一瞬で彼女は、真紅の武装ドレスといった風情の姿に変身する。
だが、そのドレスの霊結晶――胸にある大きな球体には大きな亀裂が入り、そして色あせたガラス玉のように、くすんで、濁っていた。
ずっとあとになって、カレンが自分を助けるために、そして記憶の彼方にあるアッシュールという人物の面影を追いかけた末に絶命した瞬間、ケイはどうしてあの時にくすんだ霊結晶に触れて、すべての事実を知ろうとしなかったのだと強くおのれ自身を責めることになった。




