断章『夏の日の夢』12
自分の愚かしさから長年来の友人と決別するということがありました。
彼からは多くの示唆と助言を受けていて、少なからぬ夢を共に見た間柄だったので自分も残念です。
本作も、そんな夢のかけらのひとつではあるので、思い出に恥じぬように、がんばって書き続けます。
たぶん、ここは見ていないとは思いますが、さようなら。
「わたし……ここに来たことがあるわケイ」
ケイに腕を引っ張られ、走りながらカレンがつぶやく。
「だったらカレンに道案内とか頼める? 元の世界につながる門とか、そーゆーやつ知ってる?」
クナイと霊糸を併用することで、ケイは自分たちの逃走を邪魔する異形の化け物たちを切り払い続けたが、いかに優れた資質をつとはいえ、霊力の消耗は激しい。
隕鉄を素材として呪鍛されたクナイと霊糸には、ケイの霊力を増幅する機能こそあるが、それを前提にしても、襲いかかる怪異の数が多すぎるのだ。
「攻略法とか脱出法、あるといいんだけど」
「あるわ……でもそこへ行くには、門を守る番人を倒さなくてはならないの……思い出したわ」
「戦前に岩倉のおじいちゃんが買ってくれたRPGみたい。ラスボス倒さないとゲームはクリアできないってわけね。でも今はセーブできる場所とか欲しいんだけどなー」
「ゲーム? 遊びなんかではないのよケイ」
「わかってますってばカレン。それでラスボスの名前はなんていうの? 竜王? 大魔王アザトース?」
自分たちの苦境と脱出のための探索を、ケイが国産ゲーム機で発売されたRPGにたとえたのは、単なる軽口でしかなかった。だからカレンからの返事は意外だった。
「トゥーレ最後の王アッシュールさま……その無念が残した影よ。三門タカアキさんはアッシュールさまご本人ではなく、その残留思念でしかないと言っていたわ」
「はいはい、大魔王アッシュールがラスボスの名前ね。おぼえとく」
「アッシュールさまは大魔王なんかではないわ。トゥーレ評議会の者たちが奴隷として使役してきた、わたしたち下級民のために戦ってくれた御方よ」
第三次世界大戦の前夜である1990年代から、戦後の今に至る現在まで、六億二千万年前の超古代に存在したという古代トゥーレ文明については、虚実織り交ぜた複数の説がささやかれている。、
大戦中期までは、万能増殖細胞とされたSTセルが世界中のインフラに取って代わる寸前だった。
だがこれはVA源動基という制御装置と切り離された場合、その細胞が〈年代記収穫者〉という悪鬼の苗床となる仕掛けであったことを、人類の敵とされていたはずの脱走艦マリー・アントワネットの艦長と乗組員たちが艦の半壊と乗組員ら半数の死という犠牲と引き換えに実証し、全世界に知らしめた。
そしてVA源動基と、それがもたらしたエネルギー革新やダブリュー・デバイス、シルエットキャリバーを始めとする兵器群は、熱核兵器や細菌・生物兵器を無効化させ、戦争の在り方を一変させた。
どちらもが古代トゥーレに起因する知識と力であり、そしてこれらもまた、鉄製武器や火薬、銃、火砲、飛行機や戦車、核兵器といった、これまで人類が生み出したものと同じく、取り扱いを誤ることがあれば巨大な破壊を招くことだけは確実とされている。
「わたしはあの御方を……あのひとを探しているの……そうなのだと……思い出したわケイ」
半ばフィクション同然の古代トゥーレ文明期について語るカレンを見て、ケイは山奥での修行中に聞き及んだ与太話のことを思い出した。
「もしかしてカレン、あなたハールメン症候群?」
「はっきりとわからないわ……でも、うっすらと記憶があるの。アッシュールさまが、わたしをカレンと呼んで、ミーねえや、ネフェルとクロエといっしょに家族にしてくれたことを」
ハーメルン症候群は発症者の人格や記憶、思考様式が、まるで別なものに上書きされ、同時になんらかの異能を発言させる特別な病だということをケイは知っている。
だが、もともと南極で拾われたというのであれば、それ以前の状態はわからないのだから、自分にとっては今のカレンがカレンである、と納得させ、ケイは難しく考えるのをやめる。
「これって……シルエットキャリバー?」
〈年代記収穫者〉の群れに追われ、三門学園の研究施設棟に相当する区画に逃げ込んだケイは、巨大なトレーラーに横たわる灰色の巨人を目にして立ち止まる。
国防陸軍が正式採用し、運用するシルエットキャリバー『99式防人』のようなスマートな体型とは異なる、戦国期あるいは平安末期の鎧武者を連想させる巨人だった。
「ここにこういうのがあるってことは……色付きのあっちが表側の世界だとして、白黒のこっちの世界は影で……あっちでは、このシルエットキャリバーの実験とかやってるってことか」
「乗ってはだめよケイ!」
いきなりカレンが語気も鋭く叫んだ。
「わたしの中の前世の誰かが……これはイザナミと呼ばれた番外の機体……その眷属だと言っているの。前のわたし……黄玉鈴だったわたしを倒した天狼機と獅子王と同じだわ。乗り手を狂わせてしまう機神よ」
カレンはそう言ったが、化け物どもに追い詰められたケイとしては、人間の機能を拡張してくれる機体を利用する以外に打開策は無いと考えていた。
「必要なのはこの機体の存在だから心配ないって。乗り込まないでも使いようあるよ。だいたい、操縦マニュアルとか読んでるヒマ、なさそうだし」
ケイはそう言ってカレンを安心させ、自身の切り札として伏せていた能力を発動させると決めた。




