断章『夏の日の夢』9
回想の中で回想は物語としては悪手の中の悪手であると理解はしております。
とはいえ、本作は10年ほど前に頓挫したとある作品の私的なリブートでもあるので
あえて「断章」として各章に挿入する部分に関しては、これもありとした次第です。
西暦2001年の春、徳川ケイは三門学園高等科に入学した。
旧華族の末裔である彼女はその血統ゆえ幼少期から何度か養親を転々とする経験を積んでいたこともあって、女子寮住まいとなる新生活で自由を満喫できるという期待があった。
150年前に政権を追われた徳川将軍家の傍流のその傍流という立場にあるケイは、戦時中、茨城県の山奥に疎開していたが、自然あふれる片田舎での日々は、良い意味での庶民的な俗っぽさ、そして霊能にまつわる神秘的な現象や感覚を忌避せず当たり前にそういうものとして需要できる図太さを体得させるに至っていた。
着替えその他を押し込んだキャリーケースを引っ張りながら、片手で紙袋から突き出た干しイモをかじりつつ新宿駅から西に伸びていく甲州街道の歩道を進むケイは三門学園の女子制服姿である。
男子は黒い詰め襟で金ボタンという古典的な学生服であり、女子の方は幾分か現代的な意匠を取り入れたセーラー服だった。
同年代の女子の平均より少し下という体格のケイは、それが子供っぽいとは理解した上で髪を結わえて、いわゆるツインテールにしている。
すでに見合いやら縁談やらで将来を他人の思惑でがんじがらめにされている彼女は、どこか冷めた視線で自分を客観視し、少女らしさということを、妙にこだわるようになっていた。
運良く高難度の学術試験と面接をクリアした、田舎育ちで垢抜けないが少しおめかしすれば実は美少女、という設定を貫こうとしていた。
「さすがは副都心にして新特区の一角となった新宿ね。戦災の跡も、ほとんど元通りになってるじゃないの」
十歳の頃に遠縁の岩倉という老人にオモチャを買ってもらった大型家電量販店を横目に干しイモをかじりながら、ケイは三門学園の正門を目指して初台方面に向かっていた。
スクールバスは新宿駅西口から出ているが、生徒や教師陣、その他関係者たちですし詰め状態であり、とても乗り心地が良さそうには思えなかったから歩くことにしていた。
二、三キロ程度の徒歩はケイにとって苦ではない。
農作業や温泉旅館の手伝いをしながら自身の霊能を飼いならしてきた彼女からすれば、やたらとバスやタクシーに頼りたがる東京都民は軟弱なのだ。
「あーあ、おなか空いたなー」
紙袋の干しイモを食べ終わってしまうと、彼女はキョロキョロと周囲を見回す。
ついさっきまでは、路上に立ち食いそばの店があって、そこからは食いしんぼな彼女の食欲を刺激するカツオ出汁の芳香が流れてきていたのだが、今となってはもう通り過ぎたあとだった。
「天ぷらー♪ 月見ー♪ コロッケー♪ たぬきー♪ きつねー♪」
かけそばにトッピングする具材の名を間抜けな雰囲気で歌いながらケイは前へ進む。
三門学園に在学中の間だけは、彼女にはモラトリアムが認められ、見合いや縁談を無視することができるのだ。
「ちくわー♪ かき揚げー♪ 紅ショウガー♪」
途中からは天ぷら各種の種の名になっていたが、ケイは上機嫌で歌い続けた。
その歌声は、かつて渋谷区であり、初台という地名だった場所に入る少し手前のところで止まった。
「って……お稲荷さま?」
霊能を宿すケイの目には、神使とされる狐の属性を帯びた巫女の姿が映っていた。
その特別なフィルターを外すと、ひとりの少女が落胆してうなだれているのが見える。
「ふうん……あたしの同類ってわけね」
失意にあるらしき小柄な少女は古風なセーラー服をまとっていた。
金竜軒と書かれた看板のその店は戦前に建てられた古い雑居ビルの一階の扉に貼られた「しばらく休業します」という文言が彼女をそうさせているようだった。
「お仲間でしょー? 食べる?」
最後の非常食として隠していた干しイモを取り出したケイは、自分でも、もぐもぐとかじりながら、その少女に差し出した。
「なにこれ?」
「あたしの故郷、茨城県名物の干しイモよ。あ、お金請求とかしないから安心して。学生科で入学手続きする連れが欲しいんだ。だからこれは、そのお代ってわけ」
「あなた、変な人ね」
「そうなのよねー、昔から、良くそう言われるんだー」
「はむふむ……でも、干しイモはおいしいわ」
これが徳川ケイ15歳と三門カレン15歳との出会いだった。




