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五章『ソードマスター・シルエット』6

 700キロの距離を隔てて彼方の敵に砲撃を続けているのは、3隻の改ズムウォルト級のうち2隻、カリフォルニアとヴァージニアだった。

 アメリカ海洋連合国海軍がVA艦としての近代改装を施し、南太平洋での哨戒任務に就かせていたはずのこの艦隊は、マリー・アントワネットを砲撃する2時間ほど前からハワイの環太平洋合同軍(パシフィックス)本部と交信を途絶させていた。

 3隻のうち、哨戒艦隊の旗艦たるプロヴィデンスのみは電磁加速砲を使わず、索敵に専念している。

 その戦闘指揮所に配置された人員のほぼ全員はかつてのアメリカ合衆国海軍制服を着用していた。他の二隻の乗組員たちも同様だった。

 海洋連合の軍に配属されていたかつての合衆国軍人、あるいはその子弟・血縁者たちはこのプロヴィデンスと艦隊を指揮する65歳になる老将ロデリック・ギルバートの下で、整然として独自行動を始めていた。


「艦長、そろそろあれを使うべきではないのかな?」


 艦長席に座す艦隊司令ロデリック・ギルバートの隣に立つ場違いな服装の男が言う。 19世紀ヴィクトリア朝の紳士のごとき燕尾服にシルクハットという黒ずくめだ。

 右目には気取った片眼鏡を掛けている。

 40歳後半といったところだが、老いてなお屈強な強者という風情がある艦長と対照的に、燕尾服の紳士は細面の文官めいた印象が強い。


「ギルバート艦長、なぜ手間取っていると言いたいのだよ私は。こちらの手配で忌々しいマグナキャリバーと乗り手は分断した。諸悪の根源とも言うべきあの艦の人員も変えさせた。勝つための算段はすべて我が救世主(メサイア・)再誕計画(プラン)がお膳立てした。海洋連合などという偽物を断罪し、君たち真の愛国者の主張を世界に訴える最大最後のチャンスをみすみす逃す気かね?」


 黒衣の紳士は芝居がかった口調ではあるものの、強権的な上からの立場を匂わせて、その提案を呑ませようとしていた。


「失礼だかジュゼッペ・バルサモ。不意打ちで押し切れるほどあの艦は甘くはないよ。一度は敗北した身だ。そのしたたかさは理解している。あちらが次の一手に出たその瞬間こそが、あれを使うのにふさわしい瞬間だ」

「この旗艦プロヴィデンスからの一撃で、敵艦のVA源動基は消耗の限界を迎えて薄い盾も砕け散るはず。なぜ、そうしない?」

「おそらく敵艦はモルフェウス弾を使って壁を築き、一時的に防御を強化してわずかな時間を稼ぐ。この艦が加わってもそのレベルの砲撃では貫通できない。あの艦は稼いだエネルギーすべてを投入して殴り込みをかけてくる。私はそう読んでいる」


 ギルバートはマリー・アントワネットに備わっている、ある特殊な機能について知識があった。それを利用すれば距離を一瞬で詰めることはそう難しくはない。


「艦載機が出るような余裕はなかったはずだ」

「デシャルム提督であれば、艦の一部を破壊しても機体を出撃させて、シルエットキャリバーからモルフェウス弾を投擲させるぐらい指示をする」

「ふむ……とにかくギルバート艦長。それはあなたが、かつてケルゲレン海戦で敗れた時と同じ手だ。あの小生意気なデシャルムが同じ手を使うという保証はない」


 かつてケルゲレン海戦でマリー・アントワネットと戦い、敗れたアメリカ合衆国海軍初のVA艦マシュー・ペリーの艦長であった事実をわざとらしく持ち出し、ジュゼッペ・バルサモはギルバートを心理的に圧迫する。


「同じ手を使うと見せかけて、別の手を使い切り抜けようとする。その敵をこちらも、二重三重の罠で絡め取って仕留める。それでは不服ですか出資者どの?」

「あれは、その時のために使うと?」

「無論ですジュゼッペ・バルサモ。必ず勝つ。勝って、あなたがたの合衆国解放を実現させてもらう。我々は屈辱を晴らし、故郷へ帰るために、裏切り者という汚名を選んだのだから」

 ギルバートは艦長席の操作卓に表示される700キロ彼方の敵艦の動向を探る。

「では私は格納庫で、あれの支度を進めておく。艦長の指示を待つとするよ」

 ジュゼッペ・バルサモは不快そうな表情をわざとらしく作ってから、肩をすくめると戦闘指揮所後方の扉へと消えていった。

「艦長、マリー・アントワネットのVA源動基からの反応が増大しつつあります! 

 フェッセンデン疑似粒子も検出! モルフェウス弾を使用としたと思われます!」

 宿敵が予想通りの行動に出た事実にギルバートは口元をゆがめて笑う。

「カリフォルニアとヴァージニアには作戦を第二段階に進めると打電しろ。慣性制御のレベルを第一宇宙速度対応まで上げつつ、電磁加速砲を拡散モードに!」

 すで三隻の艦はアルケミックチャージを展開し、そのVA源動基からの大出力を利用したダブリューデバイスを使用可能な状態となっている。

 かつて第三次大戦では12隻のVA艦のみが独占してきた超技術と驚異的な能力の大半は、現代ではスケールダウンした形で普遍的なものになりつつあった。

「合衆国第七艦隊に集った同胞たちよ! これより本艦はマリー・アントワネットを撃沈し、そのオリジナルVA源動基を奪取! 祖国を隔離したおぞましい障壁を破壊して故郷へ帰る!」

 艦内放送と通信で訴えるギルバートの呼びかけに戦闘指揮所のみならず、三隻の艦に乗り込んだものすべて――ジュゼッペ・バルサモとその配下をのぞいて――は25年も続く逆境と屈辱を晴らす好機がついに訪れたのだと雄叫びを上げた。

「決着を付けましょうデシャルム艦長」

 ギルバートは操作卓に両手を起き、彼の切り札をいつでも発動できるようにした。

 南太平洋の海が大きく荒れるのはその次の瞬間だった。


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