断章『夏の日の夢』6
たぶんこれは『ハイパーボレアまじかる騎士団』というお話の冒頭でもあるとは思うのですが、
あくまで『廃刃使いのマグナキャリバー』の断章として必要な部分だけを語り終えてみせる……つもりでこざいます。
宮川ユミネには悩みがあった。
それはこの2009年の春から高校生になったというのに、初対面の相手からは未だに小学四年生だと誤解されてしまうような身長の低さや幼児体型といった身体的な問題とは別で、家族関係についてのものだった。
「ヒロちゃんから返事が来ないのはどうしてだと思うトキちゃん?」
ポニーテールを揺らして放課後になった三門学園の校庭を歩きながら、ユミネは傍らを歩く自分と似通った体格の少女に愚痴った。
「いいかげんもう、ヒロのことは忘れてやれよユミ。あいつだって、それなりに覚悟して、大見得を切って宮川の家を出てったんだから」
ひとなつこくかわいらしい外見のユミネとは対照的で、佐藤トキエは背丈や体格はともかく、その鋭い視線が威圧的だった。
悪くいえば攻撃的な表情だが、彼女は凛としていて、ショートカットが似合うジュニアモデルとして何度もスカウトを受けたがすべて断っている。
「でもトキちゃん」
「でも、も、もしかして、も禁止だぞユミ。それに今のボクたちには授業以外にも、大事な務めがあるんだから、放課後はそっちに集中しろ」
トキエには武道もしくは厳格な規律を重んじる運動競技をやっていて、後輩からは恐れられる鬼先輩のような気質があり、それは容赦なく幼なじみであり親友といっていいユミネにも向けられている。
「やだ! あたしヒロちゃんのお姉ちゃんだもん! 今度こそ、ヒロちゃんがいるとこに会いに行くからね! トキちゃんもいっしょにだよ!」
「……それは好きにすればいいさ。ボクもお供だけはしてやるし」
トキエはユミネがそう宣言するたびに、宮川家経由でヒロミに個人的な手紙を出していた。
ユミネが次の日曜日にそっちに行く予定で自分もそれに同行するつもりだ、と、それだけの内容だ。
「どうせ、またあいつは神祇省の仕事だからって、留守だろうけどな」
トキエはまだユミネには打ち明けてはいない。
嫉妬に駆られ、ユミネかせヒロミをかわいがるのは死んだ弟ユウの代替物としてなのだと口走ってしまい後悔していることを。
ヒロミが自分たちを避けていて、それを尊重するためにヒロミとは絶対に再会できないように仕向けていることを。
「いっつもそうだよね……なんだか誰かに邪魔されてるみたいで、やだなー」
ユミネのしょんぼりした顔にはトキエに対する疑いなど微塵も無い。
だからトキエはつらい。
「きっと、まだ会っちゃいけないって先生が言ってるんだよ。もう少し、ボクもユミも、そしてヒロも大人になれば……ちゃんと会って、わだかまりなく話ができるようになるまではって」
トキエも天尽夢想流の師である宮川ユウゴのことを、ヒロミと同じく先生と呼んでいた。
彼女の祖父ヨシトヨはユウゴと共に活動した戦友で存命だったが、1962年の戦いで剣を取れぬ身体となり、孫娘の指導を同門であったユウゴに託したのだった。
「そうかもしれないけど……でも……せめて……お正月やお盆の時だけでも家に帰ってくればいいのになあ……」
「うん……六年生の夏までは……お正月もお盆もクリスマスも……三人で……楽しかったな」
あの夏の日々に、斜に構えず、自分もユミネやヒロミのように一心不乱で天尽夢想流に打ち込んで、三人で同時にライセンサーになっていれば、ずっとあの頃のままだったはずなのに、とトキエは過去の自分を呪った。
「またみんなでザリガニ捕まえたり、お神輿かついだりしたいね」
「うん、だけどボクはお神輿の方だけでいいや。もう泥だらけになるのは遠慮しとく」
「えーっ? トキちゃんひどいよ! アメリカザリガニは日本から一匹残らず駆逐してやるって、いちばんノリノリだったくせにー?」
「うるさいなあ。そんな昔のことはもう忘れちゃったよ」
ユミネがザリガニ釣りで泥だらけになった話を振ってからは、二人の会話はふざけてはしゃいだ雰囲気になりかけたが、トキエのその『――昔のことはもう忘れちゃったよ』という一言が、取りつくろった日常感を台無しにさせた。
「あたしは……お姉ちゃんは忘れないよ……ヒロちゃんのこともユウちゃんのことも……」
「ユミネはそれでいい……ボクはもうヒロのお姉ちゃんは卒業したしね」
しばらく二人は黙り込んでいたが、敷地内だが校舎からは少し離れた場所にある『純喫茶サン・ジェルマン』という店の前で、ばったりもうひとりの仲間と顔を合わせて口を開ける羽目になった。
「二人そろって不景気そうなしょぼくれた顔しちゃってさあ、どういうわけなんだかなー、それでもハイパーボレアまじかる騎士団のリーダー、まじかるソードマスターとサブリーダーのまじかるレンジャーって自覚あるの?」
その少女もやはり、体格的にはユミネやトキエと同じくらいで、紅茶色の髪をツインテールに束ねてメガネをかけていた。
「このまじかるガンスリンガーは、貴様らの正邪を見極めるため、あくまで一時的に行動を共にしているだけだと言ったはず。うかつな返答をすれば、即、その命を絶つと心得るがよい」
「クルミンはその設定大好きだね」
「中二病もここまで徹底するとある意味、清々しくさえある……」
『ハイパーボレアまじかる騎士団』のムードメーカーであるまじかるガンスリンガーこと中島クルミの登場で、ユミネとトキエはフジワラヒロミという共通の傷口から目をそらすことができた。




