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断章『夏の日の夢』5

タマモさんとイサミくんのお父さんの幼年編というか少年時代のお話です。

これまでのあちらこちらで語った部分を整理したまとめでもあります。


もうちょっとすると、タマモさんの前世である、九重タマモさんとの経緯なども出てきます。

なるべく短くして断章を完結させ、八章に戻らなくては……。


藤原ヒロミは幼い頃に両親と妹を事故で喪失し、その後は、公徳心をかけらも持ち合わせていない親類と称する唾棄すべき男女の手で人身売買組織に売り飛ばされた過去を持つ男児だった。


かつて(ホワン)玉玲(ユイリン)という女頭目に率いられていた犯罪結社・上海(シャンハイ)黒幇(ヘイバン)は彼を東洋の黒真珠という触れ込みで奴隷オークションにかけた。


だが、彼がオークションの壇上で古代トゥーレの王アッシュールとしての意識を覚醒させ、組織どころか上海のその一区画は文字通り灰燼と帰して崩壊した。


突如として出現した霊木刀(ヴリル・ロッド)が彼に融合して抑制を働かせることがなければ、街の一区画どころか、上海や太秦(たいしん)帝国の国土はおろか世界は炎に包まれて消滅していたかもしれない。


すでに滅びた世界の一文字キクカが化身した霊木刀によって気絶させられた五歳児のヒロミを拾ったのは、宮川ユウゴという老いた剣士だった。


一応は遠縁でもあるという理由でユウゴはヒロミを日野市の自宅件道場に引き取った。

心臓病で双子の弟・ユウを失ったばかりの孫娘ユミネは、同い年のヒロミを弟扱いして、ヒロちゃんヒロちゃんと呼んで姉弟同然に面倒を見て、少しずつ、ヒロミの凍てついた心を解きほぐしていった。


すでに現役を退き、ごく限られた筋からの限定的な依頼だけを受けることにしていたユウゴは、孫であるユミネと隣近所に住むその幼なじみである佐藤トキエに続く弟子としてヒロミに対特異事象剣技(ディスペル・アーツ)天尽夢想流を授けた。


天真爛漫で破天荒なユミネと、その抑え役を自ら任じるトキエという疑似的な姉たちと共に過ごすことでヒロミはいつしか、宮川家が自分を受け入れてくれる場所であり家族だと認識し、愛着を抱くようになった。


制御しきれぬ異能の暴走は常にユウゴが封じてくれた。


凍結していた感情がよみがえり、それに伴い発動しかけた力におびえて真夜中に家を抜け出した時には、キクカという不思議な女の子と出会った。


何度か続いた彼女との逢瀬(おうせ)の後では、暴走の頻度は極端に減った。


最終的には、天尽夢想流という技術体系に熟達するに従って、上海の大部分を消滅させた蒼い炎は、もはやヒロミの意に反して発動することがなくなっていた。


心の余裕が生じたことでヒロミはユミネと共にユウゴの剣技を極めることに夢中となって、トキエを置き去りにしたまま、二人で小学6年生にして対特異事象の正規ライセンス取得という快挙を実現させた。


ユウゴも手放しでそれをほめたたえ、ユミネの両親はこれでもうあとはヒロくんをおムコさんにもらって道場の跡継ぎ問題も解決だね、とお祝いまでしてくれた。


未だに第三次世界大戦の爪痕である生体兵器の脅威が残る世相では、白兵武装でそれらを駆逐する対特異事象ライセンサーは危険ながら高給取りであり、事実、道場への入門者も増えていた。


思春期を迎えつつあったヒロミはキクカとの逢瀬を遠い夢として忘れていき、ユミネとの姉弟同然の関係から、一歩先に進んだ関係を築いて、彼女の両親が冗談半分で語ったような未来を実現させて幸せになってもいいんだと……そう思うようになっていた。


嫉妬したトキエが、ユミネがヒロミに求めているのは亡き弟ユウの代役であると告げられ、それを裏打ちするかのようにユミネが夏祭りの場で、ヒロちゃん、ではなく、ユウちゃん、と素で間違えて呼びかけてしまった時までは。


二人の疑似的な姉たちとの関係がこじれたままの状態で、ユウゴは最後の弟子だという赤い髪の少年との立ち会いを経て、死亡してしまう。


ユミネやトキエを避けるようになったヒロミは、中学進学というタイミングを利用しては宮川家から逃げ出した。


対特異事象ライセンサーであることから、日本各地を転校生という立場で動き回り、特異事象か否かの判断やそうであった場合の対処をこなす執行者として神祇省に自ら売り込みをかけた。


師である宮川ユウゴの関係者のつてを利用するということまでして、ヒロミは自分を孤独な状況に追い込んだのだった。


ヒロミは自分の存在が身近な相手を――それも自分が大切に想う相手を不幸に追いやってしまうのだと考え、自分自身を『歩く疫病神』みたいなものだと考えるようになっていた。


ユウゴという絶対的な庇護者を失ったことと、親愛の情を深く抱く宮川家の夫婦やユミネ、トキエやその祖父といった、好きになってしまった人たちを傷付け、苦しめることが怖くなっていた。


先生――宮川ユウゴでさえ自分と深く関わったことで死んでしまった。先生がいなくなった現状では、ユミねえ時ねえ、おじさんやおばさんたちにどんな不幸が訪れるか、考えるだけでも怖い。


だから……このぼくの周りのみんなを巻き込んで不幸にする力の道連れには……世の中をめちゃくちゃにした怪異ども……化け物たちがふさわしいんだ。


独り立ちしたから出ていきます、御恩は忘れません、いつかきっと、お礼に来ます。

意気消沈した宮川夫妻と、泣きわめいて駄々をこねるユミネ、そして、ばつが悪そうに黙りこくったままのトキエに別れを告げて、ヒロミは東京都日野市の道場と家を後にした。


それからずっと彼は、時には協力者や同業の者たちと共闘することはあれど、基本的にはひとりだけで戦い、学び、生きていた。


神祇省からの評価は高く、ユミネやヒロミに続いて何十人か現れた学生ライセンサーたちを組織化するという試みまで試験的に行われるようになるほどだった。


現役の国防軍の軍人や警官、退役者上がりの傭兵じみた専門家たちに比肩するトップランクの学生ライセンサー・刀気使い(ブレード・フォーサー)というのがヒロミに冠されたあだ名だった。


宮川家を出てから彼は、徒手空拳で戦い、ただの一度も剣を――武器を手にしてはいない。

それが彼なりの、大恩あるユウゴとその家族から逃げ出した自分への罰のつもりだったのだ。


きっとそのうち、ユミネもその両親も自分のことを忘れて、無関係に幸せになってくれるはず――そう信じてヒロミは、どこに転居しても届く近況報告の手紙や写真を無視して返事を出さずにいた。

未練がましいとは思いながら、手紙の文面には目を通し、写真を見て、声を出さずに泣いた。


女々しいとは思いながらも、宮川家に引き取られてからの幸せな時間は彼にとって大切な思い出であり、自分のすべてを賭してでも、守り抜かなくてはならない人たちだからだった。


だが、高校一年生に進学してわずか一ヶ月半というタイミングで、彼は神祇省からの依頼を受け、三門学園という東京都内の学園に入学し、その地での継続的な活動を強制的に依頼される羽目になる。


近況報告に目を通してしまっているヒロミは、ユミネとトキエがその三門学園に入学したことを知っており、依頼を固辞しようとしたが、伝承院なる人物からの直接指名であり、拒絶するのであればライセンス凍結もあり得るとの言葉に逆らえなかった。


いや、それさえも口実であり、ヒロミはユミネに会いたかったというのが本音だ。

なぜなら彼は、心情とは正反対の酷薄で卑劣な悪意に満ちた人格を演じることで、決定的にユミネから嫌悪され、拒絶されたいという自虐的な罰を受けることを望んでいるのだった。

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