断章『夏の日の夢』4
残暑がきびしいですね……暑い!
「……っ、失礼、あまり余裕はありません。とにかく乗ってください」
「はいですの」
ミシェルに促されてキクカはサイドカーの側車の方に、ひょいと飛び乗り、ちょこんと座る。
岩倉は不愉快そうに眉をしかめながら手狭な後部座席――ミシェルの背中に収まった。
「事情を説明してくれっ!」
1960年から数年ほどをこのミシェルという女に何度も怒鳴ったのと同じセリフを岩倉は叫ぶ。
当時の仲間である宮川ユウゴやイシスらと共に戦った時のように。
それはキューバ危機と呼ばれた世界の危機の本質ともいうべき戦いだった。
大西洋の水底から浮上した幻の豪華客船を擬似VA艦とし君臨せんとして狂王ネフレン・カー。
その護衛者として敵対した黄玉玲らを封じる戦いの中でもそうだったように岩倉は理不尽な相手に問いかけた。
「すでに伏神の里はジュゼッペ・バルサモの置き土産で全滅させられています。私が到着した時点では、生存者はゼロでした」
電動化された軍用サイドカーを全速力で走らせながらミシェルは岩倉の怒号に回答する。
「わしが施した結界は保たれたままだし、異変があればすぐら感知するようになっておる。キクカも、それはわかっておろう?」
「はい、少なくとも、わたくしにも、そのような異変は感じ取れませんわミシェルさん」
「九年前――第三次大戦が終わる直前にアメリカ本土に使ったものを小規模に限定した時空分離結界です。それを拠点征圧用に仕掛けられたようです。もうすぐ、反応を感知できるはずです」
キクカたち関係者がリニアトレインから降車するために利用した施設まで来ると、ミシェルはそこでようやくサイドカーを停止させた。
「ふふっ、少しだけハヤトさんの気持ちがわかったように思います」
「それは宮川の剣士としての名だった。説明してくれ」
「私が言った彼は、その名を継いだ別の人物のことです」
「そのかたのお気持ちがわかった、というのはどういう意味ですの?」
ミシェルはキクカを優しい目で見つめ、それから口を開けた。
「自分にとってとても大切な相手が苦境にあるその時に、颯爽と現れて、助けることができる幸せ、とでも言えば適切でしょうか」
「よく、わからないですの」
「ええ、それでいいんです。自己満足でしかないことですから。さて、急かしましたが、ここで迎えを待ちます」
一文字流符法という霊的技法の使い手としては師弟関係にある老人と少女は、ミシェルが説明した通りの異様な反応をその自伝でようやく認識できていた。
「ふむ……なるほど……確かにあんたが言ったのは事実ではあるようだ」
「はい、おじいさま。わたくしにも感知できましたわ。ミシェルさんはうそは言っておりませんの」
もっともキクカの場合は『ハイパーボレアまじかる騎士団』のまじかる騎士としての姿――胸元に継承した霊結晶を顕現させ大幅に霊力と身体能力を増幅する高次元波動変換想衣をまとうことで、通常時を遥かに超越した能力を発現できるので、その気になっていればもっと早くに検証することは可能だった。
「だが、しかしだ! わしはあんたを完全には信用できん! 妹のミシュリーヌ・バーネットを強引にキクカと同じクラスに編入させた件も含めてな! 武内さんと結託して、何をたくらんでいる?」
「あの人と私は単なる知人で、必要に応じて共闘するだけです。ですから、私自身はさっき言ったような自己満足のためにキクカさんを、おまけで岩倉さん、あなたを救出しただけです」
「武内さんは何をやっているんだ?」
「三門学園はいま、とても手薄です。守護者であった孝明さんは去ってしまいましたし、トキエさんやクルミン、ちいさいミーは対特異事象活動の正式ライセンス取得のため旅行中で不在です」
異なる平行世界のミシュリーヌでもあったミシェルは、さも当然のようにかつての友人たちの名を気安く呼んでしまったが、そこにキクカからの不審そうな視線が飛ぶ。
「でもミシュリーヌさん聞いてくださいませ。九重タマモさんは助けられず看取ることになってしまいましたけれど、三門学園には、天尽夢想流の剣士として、正式らいせんさーのユミネさん、それとヒロミさまがおりますわ」
「確かにヒロミさんはキクカさんたちより一段上の力に覚醒して、少なくとも九重タマモという娘の心だけは呪縛から解き放つことができました」
「ご、ご存知だったんですの? おじいさま、機密もれですの!」
「ちいさいミーの……妹との電話で察しただけです。とにかく話をもとに戻すとですねキクカさん、ヒロミさんの覚醒を望んで、九重タマモさんをそのダシにした人物がいます。それこそがジュゼッペ・バルサモであり、かつてサン・ジェルマン伯爵とのなっていた武内さんが、カリオストロ伯爵という名の弟子としていた人物で、別の名では、アブドゥル・アルハザードともいう人物です。武内さんは、その彼からの干渉を防いで、最後の説得をしたい、だそうです」
ミシェルの説明にキクカも岩倉も聞き入っていたが、明らかにされた事実の深刻さに押し黙る。
三人の回収のためにペガサス3というコールサインのシルエットキャリバーが横須賀から回されてきたその頃、第三次大戦後の新宿区と中野区と渋谷区の一部をそれぞれ分割合併して設立された巨大な三門学園では、藤原ヒロミと宮川ユミネ、そして武内志門が、恐るべき魔人との対話に臨もうとしていた。




