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断章『夏の日の夢』2

今週は火曜と木曜の両方、更新できそう……な気がする!

神奈川県と埼玉県と東京都の境が接するそこは、書類上、日本政府がさだめた特別自然保護区域とされている。


だが実際には非公式の禁足地であり、平安時代の中期までは立ち入る者は神隠しに遭う魔境として、ごく少数の帰ってきた猟師や修験者がその脅威を語る土地だった。


伏神(ふせがみ)の里』とキクカは自分の生まれ故郷を呼んでいた。


中央アジアの秘境とされるバギルスタン王国も、第二次大戦中までは、国家それ自体が同様の位置付けで砂漠の遊牧民たちの伝説となっている。


伏神の里とバキルスタンに共通しているのは、そこに、古代トゥーレ文明の遺産であるVA艦があることだが、キクカの故郷であるその地にはVA源動基たる霊結晶を失い、抜け殻となった残骸しか残されてはいないという違いがある。


「おじいさま、里の皆はどうしていますの?」


品川から甲府までの実験線として造られたリニアトレインには、技術検証設備という名目で伏神の里にほど近い場所で停車・降車できる施設がある。


山手線を走るお召し列車から品川でリニアトレインに乗り換えたキクカは、ほとんどを地下空洞を進み地上の景色をながめることさえできない貴賓車両の窓辺立ったまま岩倉という老人に問う。


「そのことで、お詫びせねばならぬことがございます姫様」

「里の外では祖父として振る舞うと言ったのは、おじいさまですの。せめて、お別れの時までは、それを通してくださいな」

「そうは参りませぬ。あなた様が一文字キクカという山奥の田舎娘であることを許された時間は、とうに過ぎ去っておりますれば」

「……」


キクカは暗い地下空間だけを映し続ける窓から振り返って、沈痛な面持ちの老人を見つめた。

最後の元老であり、いまや彼女にとってほぼ唯一の忠臣となっているこの男は言いにくい話をしようとしているのだと理解できた。


「岩倉卿、わたくしという人身御供の特権、年若き娘らしく過ごすという、わがままを聞き届けてくれて感謝しておりますわ。それで話とは?」


大きく深呼吸して気持ちを切り替えてから、キクカは言葉を続ける。


「妹君の初花(はな)様がご出奔(しゅっぽん)なさいました」

「里の者がそれを手引するとは考えられません。誰が?」

「先の大戦時にアメリカ戦略機甲軍を実質的に支配していたジュゼッペ・バルサモなる魔道士と、彼に洗脳された哀れな機織りの娘のしわざと判明しております」

「一文字流符法の継承者であるあなたがそう断言するからには、妹のゆくえは皆目見当もつかぬのですね?」

「申し訳ございませぬ」

「では次なるキクカとハナを、コナハナサクヤとイワナガヒメの写し身を、またこの血と肉から作り直してから、鎮めの儀を始めねばならない、そういうことなのですね?」



「おそれながら姫様、それには及びません」

「わたくしがそれを望みます。半壊して、中途半端に自己修復しようとする星船がもたらす断末魔の地鳴りと天変地異を、放置することは許しません」

「姫様がたは、それこそ神代の昔から、代々、その務めを自ら任じられておられます……ですが、もはやそのための手立ては初花様のご出奔とほぼ同時に失われてしまったのです。われわれ伏神の里の者はもはや、尊きかたがたの血と肉から化身を生み出す祭器を永遠に喪失してしまったのです」

「なんということ……ですの……」


自分と妹が、古代人の複製だという事実を知らされたその時にも似た、現実感が失われていく、目眩(めまい)にも似た疲労感に襲われたキクカは、力なく車窓に背中を預けるしかなかった。


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