断章『夏の日の夢』1
一応、冒頭からつながる回想として始まり、またこの冒頭の直後に戻る予定です。
今週はちゃんと更新できて、ほっとしました。
「別の可能性という不確定な複数の世界観を否定し、融合同化された単一の時空連続体として統一されたひとつの時空を作ろうとする敵――至上霊統合体――単一時空連続体の完成を目指すこの脅威と渡り合うために、ミシェルさんは連中が廃棄分岐として放置した世界の残骸から、たくさんの想いを拾い集めたそうですわ。その拾い集めた涙のひとしずくが、ミランダさんを宿す霊結晶ですの」
一文字キクカは言葉を続けるが、第三次大戦当時にこのマリー・アントワネットに宿っていた別世界の一文字キクカもまた、ミシェルが廃棄分岐時空のひとつから回収してきた敗残兵であったことは語らなかった。
「わたくしも、そうであるように」
白を基調に紫色の線で彩られた装甲服をまとう女媧が自分とミランダめがけて突進してくるイメージを見据えながら、キクカは遠い夏の日――その時、一度は荒ぶる神威を鎮めるための巫女として死んだ身となった2009年の夏の始まりの頃を思い出しながらつぶやいた。
「わたくし、今回のことで自分の至らなさと修行不足を実感いたしましたの。ですから一文字流符法と、体術を極めてみようと思いますわ。それが里帰りする理由ですの」
宮川ユミネ、佐藤トキエ、中島クルミ、ミシュリーヌ・バーネット、そして一文字キクカ。
この五人の少女たちプラス藤原ヒロミというメンバーで活動していた『ハイパーボレアまじかる騎士団』が大妖怪たる九尾の狐の化身たる九重タマモを至上霊統合体なる超存在の呪縛から解放し、看取った戦いから数日後、キクカは仲間たちにそう告げた。
「もう少し実力があったなら、わたくしたち、きっとタマモさんも助けて、ちゃんとしたお友達になれたはずですの」
「でも、だからって休学するなんて……そこまでしなくても」
最初に引き止めてくれようとしたのは、メンバーの中で唯一の男子でありながら、霊結晶の力を解放することで肉体的にも少女化して高次元波動変換想衣をまとうことになる藤原ヒロミだった。
幼い頃、不思議な巡り合わせで彼と出会い、そのことをずっと大切にしていたキクカにとっては、彼の言葉はなによりもうれしかったが、ヒロミが異性として強く意識する相手が自分ではなく、宮川ユミネであることは、三ヶ月に渡る共同生活とまじかる騎士団での活動で、とっくにわかっていた。
だから別れ際に、彼ひとりだけに駅での最後の見送りを許したそのとき、言いたいことを言った。
「わたくしは……一文字キクカはヒロミさまを背の君として……ずっとお慕いしておりましたの」
「ごめん……ぼくは……」
「最後にひとつだけ、教えて下さいませ。ヒロミさまが心から愛する女性はどなたですの?」
決して、その相手が自分ではないと知りながらキクカはヒロミを見つめて問いかけた。
彼女なりに、自分の最初で最後の恋にけじめをつけたかった。
「ぼくは……ユミねえのことが……宮川ユミネっていう女の子のことが……好きなんだよキクカ」
一分近く悩んでからヒロミはやっと正直に意中の相手の名を教えてくれた。
「ありがとうございますヒロミさま。ユミネさんと末永くお幸せになりますように、心からお祝いさせてくださいませ」
そう言ってキクカは背伸びをすると、仲良しになったミシュリーヌと二人でドキドキしながら読破した少女マンガの真似をして、不意打ちで少年のくちびるを奪った。
「うふふふ♪ これはふられた女の腹いせですの。ヒロミさまのファーストキスを奪ったのは、このわたくし一文字キクカですのー♪」
ユミネとトキエが子供の頃にヒロミと結婚式ごっこをやってキスしたという話も聞いている。それでもキクカは、ふざけて、はしゃいで、照れて困っているヒロミにそう宣言し、またいつかみんなで再会して、楽しい時間を過ごそうとウソをつき、背中を向けた。
第三次大戦後に再建された原宿駅のホームには彼女ひとりのためだけのお召し列車が待機していた。
「これで心残りはありませんの、おじいさま」
「すまぬなキクカ」
最後の皇族であるキクカの庇護者にして後見人を兼ねる岩倉という老人が頭を下げた。
警護役の者たちも、要人である二人からは、わずかに距離を置いている。
「初めから、わかっていたことですの。わたくしは伝承院となることもなく、殯宮としての務めを果たす……その対価に与えられた、わがままで好き勝手に過ごせる学園生活……お慕いするヒロミさまとも巡り合うことがかないましたもの……これで満足ですの」
古代トゥーレ文明の置き土産である、霊核たる霊結晶の抜け殻となったVA艦『高天原』の定期的な暴走を鎮める巫女として、キクカにはその生命を代償にするさだめが待っていた。




