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八章『この世の彼方の夢海』19

長らくお休みしてしまいましたが、決してエタるようなことはありません。

完結するかその前に死ぬかのどちらかです。


それでは続きをどうぞ。

「ミシェルさんから、これをお渡しするように言付かっていますの」


一文字キクカと名乗った小柄な少女はミランダにそれを両手で差し出した。


「ミシェルお姉さまが……」


ミランダが受け取ったそれは分厚いアルバムで、ひとりでにめくられていくページには、彼女がジュゼッペ・バルサモの策謀で家族から強制的に引き離される直前までの平和な日々の記録を示す写真――この仮想空間の内部ではそう定義された欠落していた過去の記憶そのものが示されていた。


「ミシェルさんご自身、それとミレーユさん、ミシュリーヌさん、ミシュレットさん、姉妹のみなさんの記憶を丹念に拾い集めて、苦労してあなたの欠落した過去を補えるように……完全ではありませんけれど、可能な限り、だそうですの」


分厚いアルバムは光の粒となって消えたが、ミランダの自我は、アメリカ機甲軍の部品として扱われ、ロデリック・ギルバートというかりそめの父に出会うまでの過酷な日々で部分的に喪失した幼年期の自分を

取り戻すことができていた。


「ミシェルお姉さま……ミレーユお姉さま……ミシュリーヌお姉さま……ミシュレットお姉さま……」


ジュゼッペ・バルサモがミランダの自我そのものでもあるVA源動基(モーター)を解析し、支配せんとする過程で欠落し、植え付けられていた姉妹たちへの憎悪は、大久保ハヤトという黒髪の少年が放った剣技〈御霊鎮(みたましず)め〉によって払われてはいたが、不完全であったそれは、欠落した過去までは回復させるには至っていない。


「お姉さまたちが……みんなが……私のことをどれだけ心配して……苦しんでいたか……やっと……」


キクカには、軍服をまとう凛々しい女艦長の姿に隣り合うように、ゴシックロリータ風味のメイド服を着た幼いヒューマニッカの少女が泣いているのが見えていた。


「良かったですわねミランダさん」


仮想空間であるここでは、ましてやその管理人であるキクカにとっては、ミランダの思念を具象化して認識できてしまうのだ。


「キクカ……一文字キクカといったな。あなたが……記録上、この艦に滞在していることになっている……フジノミヤの死せる姫君なのだな?」


ミランダは馴れ馴れしい態度のキクカの前で涙をぬぐうと、視線をそらしていた。

プリンセス・キクカという名で呼ばれる日本最後の皇族がマリー・アントワネットに永続的に乗艦し、滞在していることは特に機密というわけではない。


艦内のVA源動基機関室近くには、専用の居室があるし、2025年減災の今からさかのぼること十数年前の一時期は、御座艦として日本や世界各地を巡航し、第三次大戦から再興途上の国々や都市に、電力供給や技術援助などで行幸やら外遊する機会も多かったと聞いている。


「はい、そうですの。もっともミシェルさんのおかげで、死んでもいないし生きてもいない、どこぞの猫ちゃんみたいな存在になりましたから、正しくは、どっちつかずの姫君ですの」

「無粋な質問になるが、引き継ぎというのは、姉と私の個人的な記憶の補完というだけなのかプリンセス?」

「はい。ミシェルさんのお話では、あなたは姉妹の中で、いちばん生身の人間に近い心と身体を備えることになったから、あとは本人の自覚次第で、扱いが難しいVA兵器を取り回せるようになる、だそうですの」


キクカの言葉を噛み締めながら、ミランダは星の光が欠けた宇宙に緑色のグリッドパターンが敷かれた心霊的な電脳空間内に立つ自分を強く認識する。


「伝承院……古代トゥーレの知識と武具を伝承する役目があなたの真なる務めだと姉から聞いたことがある。これが、そうなのか」

「はい、ミランダさんが言う通り、しかるべき主となる使い手に、これらを託すのが、わたくしの務めですの」


ミランダの視界の先には、かつて自分が乗艦し、このマリー・アントワネットを苦しめたVA艦マシュー・ペリーの黒い姿が映っていた。


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