八章『この世の彼方の夢海』17
マリー・アントワネット艦長であるミランダ・バーネットの意図は、すでに種の割れた戦術を使うと見せかけることにあった。
1999年7の月にVA艦とVA艦の初の戦闘が生じた際、カミーユ・デシャルム艦長は、マリー・アントワネットを超光速航法に移行させ、その加速を利用した衝角攻撃で超長距離からの砲撃を浴びせてくるマシュー・ペリーの懐に飛び込んだのだ。
その戦闘で勝利できたのは、大久保ハヤトが駆るマグナキャリバーの活躍もあるが、副長であるミシェル・バーネットからの反対を押し切って勝負どころに有り金すべてを賭けたデシャルムの豪胆さと強運にある。
ミランダは当時、今の乗艦の敵であったマシュー・ペリーと事実上、一体化していた。
しかも悪意ある精神制御の干渉下にあって、VA源動基ごと暴走状態にあった。
艦内の設備や機器と融合して身動きも取れずに意識と存在の消滅を待つだけだったミランダとその主ロデリック・ギルバートを救ったのはKGMと呼ぶ刀を振るう少年だった。
「わたしが知る大久保ハヤトは黒い学生服で赤い髪の少年だったはずだが?」
だから半年前、市ヶ谷の施設内でカミーユ・デシャルムに引き合わされたその少女に対し、ミランダは違和感を隠さず問い詰めるように声を発した。
「それは先代のハヤトですバーネット艦長。次代のハヤトもそうなるでしょう。わたしは曽祖父からの剣名――剣士としての名を預かるだけの、かりそめの大久保ハヤトなのです」
日本での戸籍名を宮川タマミ、超常の力を行使する使い手としては伝承院から授かった玖堂タマモを名乗る古風なセーラー服の少女は即答した。ささやかではあるが艦長就任を祝う席とあって、さすがにKGMを収めた銀のハードケースを装備してはいない。
「ミランダくんは因縁浅からぬ名を聞いて心穏やかではないだろうが、私は長年の戦友から、アヤト嬢の面倒を見てくれと頼まれていてね。ミランダくんのマリー・アントワネットの艦長就任に当たって、いざというときのために引き継ぎをしたくて引き合わせた。老い先短い老人の頼みというやつだ」
式典服を着たカミーユ・デシャルム提督はデザートワインのグラスをもてあそびながら笑っていた。
フランス語風にHを発音せず、ハヤトのことをアヤトと呼んでいる。
彼は半年後には退官するということをミランダも聞き及んでいた。
次の航海が軍人として最後の旅になるのだ。
「希少なマグナキャリバーの乗り手とはいえ民間協力者に過ぎない一個人を特別扱いしろ、という意味でしたらお断りします提督。艦を預かる以上、わたしにも義務と責任がありますので」
「あいかわらずミランダくんは頭が固いな」
「籾殻を詰め込んだ夢見るフランス人形ではなく、戦術理論と出世のための最適解をインストールされたガラクタロボットですので。あいにくとヒューマニッカは准将止まりですけれど」
「大人になったら姉のミシェルくんに似てきたようだね……さてアヤト嬢、これがミランダ・バーネットという人物だ。どうかね?」
「初対面の相手にずけずけと物を言う人は嫌いではありません。わたしとしてはフェザー・シュバリエの保守点検を万全にしてもらって、現場での判断を尊重さえしてくれれば、それでかまいません」
「姉のミシェルから大久保警備保障のことは聞いている。対〈年代記収穫者〉の処理においては業界随一だとな」
「最近、赤字が増えて困っているんですけどね」
「報酬は規定通り、それ以上は約束できないが頼りにはさせてもらう」
「では、これからも、よろしくお願いしますバーネット艦長」
「ミランダでいい。きみの先代には借りがある」
その借りを返してもいないまま、むざむざと敵艦のえじきにされるつもりはない!
光の矢と変じて敵艦と会敵するせつな、ミランダの意識を戦いに臨む高揚が支配する。
敵艦プロヴィデンスの艦長がかつての主でありパパと慕った相手であっても手を抜くつもりなどない。
彼女は栄えあるアメリカ海洋連合国の軍人であり、肉体的にも精神的にも成人した女性となっていた。
『全砲門、並びに稼働するシルエットキャリバーは通常空間に回帰すると同時に最大火力で敵艦を叩け!』
まばい光芒に包まれながらマリー・アントワネットが光の矢に変じ、星々の海を渡るための力を惑星上において限定的に解放する。
モルフェウス弾が形成した岩塊という間に合わせの盾で三方向からの飽和攻撃を凌ぎ、敵艦プロヴィデンスに突撃――ではなく、ギリギリの位置まで接近し、火力で制圧する。それがミランダの選んだ手だった。
『見つけたわ……神々の武器庫と……その番人……やっぱりそこにいたのね』
年若い少女を連想させる思念の波が物質化しつつあるマリー・アントワネット艦内すべての者に響く。
『アルハザード様に返しなさい……世界樹の剣を!』
ミランダが選んだ戦術は、敵艦に突撃する、と思わせて、わずかに間合いを取った距離から全火力で撃滅を図るものだった。
だが、その白い10メートル級シルエットキャリバーは右腕を伸ばして艦の右船体側に突進し、押し返そうとしていた。しかものその肘から先の部分は、まだ光の粒となって物質化しきっていない部分と融合している。
「敵機と接触している区画を閉鎖してパージしろ!」
「だめです! 艦内のダブリューデバイスが爆発を回避しようとして座標の再計算と融合部分の具象化を引き伸ばすのにリソースを割かれすぎてます!」
反撃する絶好の機会を奪われたミランダは管制全般を統括するフォルタン中尉からの報告に眉をしかめた。ダブリューデバイスが機能不全となった現状では、まともな攻撃はできない。
「にもかかわらず……プロヴィデンスは砲撃してこない……迎撃にシルエットキャリバーも出してこない……では敵の狙いは……シャルルマーニュか?」
ミランダの不吉な推測を裏付ける報告は数秒後にフォルタン中尉の声で実証された。




