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八章『この世の彼方の夢海』16

VA艦マリー・アントワネットは灰色の岩塊に変じた――否、キド大尉のペガサス4が放った一撃でモルフェウス弾頭が炸裂したことで、設定されていた退避物としての質量がそこに生じたのだ。


弾頭内に充填されていたフェッセンデン疑似粒子と命名されたそれは、適切な制御と運用さえ可能ならば、種と仕掛けのある奇術めいた芸当を請け負ってくれる。


2009年に代替わりした当代の伝承院(アカシック・)殯宮菊佳(デコーダー)が宿る艦は見事なまでに本来の姿を包み隠して絶え間ない攻撃から逃れることができていた。


地球重力圏を離れたことがある宇宙飛行士であればその姿を、火星と木星の中間にある小惑星帯の岩塊のひとつだと誤認してもおかしくはない。


すでに超光速航法に遷移しつつあった艦は水面から浮上し、光の矢となる直前ではあったが、かつて存在したVA艦マシュー・ペリーの形をした巨大なエネルギーの奔流は、岩塊ごとすべてを飲み込んでいく。


「船乗りどもの意地の張り合いなどに付き合っていられるか」


ロデリック・ギルバートがキャリバースキルを発動させた瞬間よりも一分前。

改ズムウォルト級VA艦プロヴィデンス後部甲板、垂直離着陸移動機(リフター)の発着場でその男が吐き捨てた。


『アルハザード様、支度が整いました』


抑揚を欠いた少女の声として、その思念の波が男に届く。


「よろしい。指示通りに行動せよ」


『了解しました』


艦内の下層から迫り上がってきたエレベーターに乗っていたそれは後背に翼を持つ10メートル大の白い小型シルエットキャリバーだった。


()女媧(ジョーカー)。すべての元凶たる忌々しいあの艦を沈めろ。アッシュール陛下と私の理想……世界と歴史を歪めた者どもを殲滅するのだ」


ジュゼッペ・バルサモは水平線の彼方にあるマリー・アントワネットを指し示す。

古風な燕尾服がはためき、シルクハットは暴風に吹き飛ばされてそうに揺れるが彼は意に介さない。

その目にあるのは激しい憎悪と執念。


「VA源動基(モーター)にはVA源動基、マグナキャリバーにはマグナキャリバー、そして特異点には特異点をぶつければいい。シュトレゴイカバールで、アデリーランドで、ヴォストークで、火星極冠で、月面神酒海(ネクタリス)で、始まりのバギルスタンで……数え切れぬ場で私の敵となったその存在をここで消し去るッ!」


プロヴィデンス艦内指揮所にて初老の出資者として振る舞っていた時とは異なり、どこか野性味ある表情が見た目の年齢を若々しく感じさせている。


『破壊する対象はVA艦マリー・アントワネット中枢VA源動基との設定に変化なし。近接座標への転移終了後、行動を開始します』


光量子とフェッセンデン疑似粒子が吹き荒れる暴風となったその瞬間、純白の機体は氷上を滑るかのような軽やかさで空に舞い上がった。

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