八章『この世の彼方の夢海』15
今回は、ひさしぶりにVA艦マリー・アントワネットとミランダ(大人バージョン)の出番となりました。
直接の時系列的には「五章『ソードマスター・シルエット』6」の続きとなりますが、バックグラウンドでは、サンフランシスコでのダブル大久保ハヤトの活動が進行しています。
あと、全体の冒頭からの流れの中での、2025年7月4日としてのできごとの、まとめ・あらすじ的なものとなっております。
西暦2000年の第三次世界大戦終結間際。
合衆国本土は世界との間に障壁を築くことで敗戦国となる不名誉から逃れようとした。
アデリーランド条約締結と発効を経た戦後世界は、アメリカ合衆国を置き去りにして新たな歴史を刻み続けている。
いかなる技術を用いたのかは不明のままだが、北米大陸に引かれていた国境線と領海とをそっくりそのまま切り取ったように、アメリカ合衆国は存在を止めていた。
ゆえに人々は旧合衆国を意味する言葉として〈幻想大陸〉や〈忘却国家〉といった表現を使う。
そこから派生する形で、2025年の時点でも未だに謎多き2年間の世界大戦のことを〈忘却戦争〉と記録する者も少なくない。
「キド大尉、モルフェウス弾の使用タイミングは貴官に一任する。重要なのは電磁投射砲の弾幕を一時的に遮断して、こちらの行動の自由を確保することだからな」
〈忘却戦争〉の当事者のひとりでもあるミランダ・バーネット大佐はVA艦マリー・アントワネットの戦闘指揮所内から、シルエットキャリバー部隊を預かるキド大尉のペガサス4に命令を伝えていた。
自律型知性体であるミランダの姿も25年前とは異なる。
経験と学習によって人格も成長し、見た目に沿った言動に違和感は無い。
大戦時には幼い少女だった彼女は今、姉のミシェルが1960年代に使った機体を引き継いでいた。
ミランダ自身が連続性を保ち続けている部分は精神性を除けば胸部に備わる光量子結晶体――霊結晶のみ。
『了解だバーネット艦長』
トオル・キド大尉が愛機のコクピット内でよどみなく答える。
先の大戦では一、二を争う撃墜スコアを持つこの男は、変則的な命令や行動にも柔軟に対処できるだけの経験と実績を併せ持つパイロットではあるが、さすがに艦内から隔壁や装甲を破壊して出撃するというのは初めてのことだった。
マリー・アントワネットは今現在、旧合衆国領海至近となる東太平洋で複数の次世代VA艦から飽和攻撃を受けて被弾し、窮地に追い込まれている。
この艦は半年前からの民間協力者である大久保ハヤトこと玖堂タマモからの有料での要請を受け、旧合衆国への極秘裏での潜入と脱出後の回収を目的としていた。
だが、その途上でハワイの環太平洋合同軍本部からの緊急指令で、別任務に従事を余儀なくされる。
それは旧アメリカ合衆国の継承国家であるアメリカ海洋連合国海軍所属の哨戒艦隊所属艦の拿捕あるいは撃沈命令だった。
大戦中のVA艦の簡易生産型である改ズムウォルト級プロヴィデンス、カリフォルニア、ヴァージニアは数時間前から意図的に本部との交信を絶った上で、VA源動基由来の機能で所在を遮蔽していたのだ。
哨戒艦隊の無軌道な行動を制圧せよとの命令を受領したのはマリー・アントワネットを座乗艦とする環太平洋合同軍艦隊司令カミーユ・デシャルムであった。
この命令を艦内の乗組員に伝達した直後、マリー・アントワネットはVA艦プロヴィデンスからの挑戦状めいた通信で、哨戒艦隊が明確な反乱行動に出た事実を知る。
プロヴィデンス艦長であるロデリック・ギルバートは旧合衆国の復活を宣言し、分断された国土に施されている無形の障壁を破壊し解放することを語ったのだった。
その直後、カリフォルニアとヴァージニアからの電磁投射砲による過剰なまでの飽和攻撃を受けたマリー・アントワネットは被弾し、高齢のデシャルム提督は艦が受けたその衝撃で倒れ、艦の全権を艦長であるミランダ・バーネットに委ねている。
皮肉なことにミランダは、かつて大戦時にVA艦マシュー・ペリーの管制を預かる専任のヒューマニッカとして、そして擬似的な父と娘として、ロデリック・ギルバートの下にあった。
「なお、モルフェウス弾の発動後、本艦は超光速航法に移行する、と見せかけて反乱部隊の旗艦プロヴィデンスに衝角攻撃を仕掛ける――」
『バーネット艦長、それは大戦時にデシャルム提督がギルバート提督に使った手だ。同じ手は通用すると俺は思わない』
「最後まで聞いてくれキド大尉。同じ手を使う、と見せかけて、衝突するギリギリの距離まで超々短距離光速移動で接敵する。貴官らの本領発揮はそれからだ」
『了解した。無駄口を叩いてすまなかった』
「ロデリック艦長とわたしの関係を承知しているのであれば不審に思うのも無理はない。気にするな」
『作戦行動に移る』
通信用のサブウインドウの中でキド大尉が略式の敬礼をする。
直後、ミランダの艦長席にある端末からサブウインドウが消えて音声だけの中継に切り替わった。
「艦長! 重力障壁もう保ちません! ハヤトさん早く戻ってきてえ! あと15秒!」
戦闘指揮所の中にコレット・フォルタン中尉の切羽詰まった声が響く。
「指示通りの管制に努めろ中尉。どうせ14.9秒後にはこの座標から光速で離脱する」
キド大尉が駆るシルエットキャリバー・ペガサス4は隔壁と装甲を破壊して艦の右船体側の外部に出たが、すぐ近くには重力障壁に着弾した電磁投射砲の弾体が炸裂する光と衝撃だらけの世界だ。
弾頭内で圧縮されたフェッセンデン擬似粒子を爆発的に解放することで、設定した物質や現象を出現あるいは発現させる機能を持つモルフェウス弾。
「なかなか破天荒で、実におまえ向きの艦長のようだぞハヤト」
キド大尉が言った『ハヤト』は古風なセーラー服姿の少女のことではなく、中年と老人の端境に達しつつある彼が、若き日々に背中を預けた黒い学生服の戦友を意味していた。
「俺や玖堂がおまえに出会うためにも……しくじるわけにはいかんな……このふざけた槍投げ競技!」
ペガサス4は、それを火器ではなく、体育競技の槍投げのように機体の両腕で艦の天頂方向に向けて、大振りなモーションで放り投げた。
「ギルバート提督! 読みどおりです! 自壊した断面から出たモルフェウス弾頭の反応あり!」
次世代VA艦プロヴィデンス戦闘指揮所内では管制員が、反乱行動に出た彼らのトップに興奮気味に叫んでいた。
「光学観測最大で解像……こ、これはシルエットキャリバーが……モルフェウス弾頭を手動で放り投げているうううっ?」
「この機体の色は白と濃紺……ペガサス4! 敵艦にあの閃光の天馬がいたってのかよ?」
プロヴィデンス戦闘指揮所内がざわめく。
すでに年齢は40歳を超えているとはいえ、先の大戦で勇名を馳せた伝説的エースパイロットの存在に畏怖するのは当然ではあった。
「騒ぐな。想定通り、本艦の電子投射砲の照準をモルフェウス弾頭にセット。障壁生成用のフェッセンデン疑似粒子が拡散する前に破壊する」
それまで攻撃を僚艦のカリフォルニアとヴァージニアに任せていたプロヴィデンスの電磁投射砲が砲塔基部ごと機械音を立てて自動追尾を開始する。
「キャリバースキル発動――射手座彗星砲、撃て!」
プロヴィデンスの電磁投射砲の砲塔の影が、26年前に消失したはずのVA艦マシュー・ペリーの船体そのものとなって、その先端に膨大なエネルギーが収束して放たれる。
『大尉さんっ!』
キド大尉の脳裏に一文字キクカの警告が届く。
「当ててやるさ!」
ペガサス4はその時点で腰にマウントしていた携行用熱線砲火器の銃口を天高く伸ばしていたが、射手座彗星砲のオーロラめいた光芒はすべてを呑み込むかのように広がっていた。




