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八章『この世の彼方の夢海』12

みなさまも風邪やインフルには、くれぐれもお気を付けください……。

「獅子王やめい!」


サンフランシスコ上空を周回する白と黄金の機体のコクピット内でイシスが叫ぶ。

彼女は意識を喪失している玖堂タマモの腕と、前部操縦席の傍らに直立する白銀のハードケースの両方をつかみながら愛機に呼びかけている。


「浮上せしタイタニックを砦として再臨したネフレン・カーとのいくさの折の……(わし)とダフネの傷は忘れよ!」


イシスは獅子王との間に保たれている精神感応を介してタマモが直面している状況を認識していた。


古代トゥーレ往時の性能に近い復元級シルエットキャリバーと定義される獅子王は、かつてイシスとその同志として戦った獣人種の娘が(ホワン)玉鈴(ユイリン)だった過去世のタマモに手ひどくあしらわれた報いを受けさせようと憤っていた。


「ネコミミさん……急に怒鳴って……びっくりするよ」


タマモの手を握ったままの入間ナナミは突然のイシスの怒号にびくっとしてしまう。

あくまで一般人でしかない彼女には、超常の力が介在するできごとを受け入れる素地はあっても場馴れするほどの経験が不足していた。


「イシス、ナナミ、なんかあぶないことするのがこっちにくる!」


後部座席からタマモの後頭部に迫るように身を乗り出しているサロメの方が落ち着いていた。


「え? え?」


ナナミの混乱をよそにコクピット正面メインスクリーンにサブウインドウが開く。

アメリカ合衆国戦略機甲軍所属シルエットキャリバー『リベレイター』との日本語が併記された。


「まえからだけじゃないよ。みぎからもひだりからも、うしろからも、とにかく、ぐるっとかこんで、こっちにくる!」


サロメが緊張した声で続けると、それに遅れてサブウインドウが複数に分割されて包囲の輪を示す。


「タマちゃん! ネコミミさん!」


ナナミも叫んでしまうが、タマモとイシスの目は開かれたまま、この世であってそうではない別な領域を認識したままだった。


「獅子王……キューバ危機の時の……1962年の仕返しというわけ?」


タマモは居合の構えを解かぬまま、軽く跳躍して後退する。

間合いを取ったその上で視界にふたつの敵を見据えた。


柄の部分はすでにポップアップされていたが、ゆっくりとした動作でKGMの刀身を引き抜く。

イサミの姿をしたマーズ・フォリナーにとっては、一見して隙だらけだが、実際は違う。


「そうも防御に徹されると、こちらは簡単に手出しできないな」


タマモの挙動は能動的な攻撃を放棄する代わりに、敵の攻撃に対しては後の先というタイミングで強烈な反撃に転ずるものだった。


「さっきから、イサミの真似がいいかげんになっているわよマーズ・フォリナー。あの子なら……そしてあの人だったら、死中に活ありとか言って突進してくるもの」


たそがれの赤い光を浴びつつ、タマモは左手で白銀のハードケースを地面に突き刺し、革ベルトも肩から外す。両手でKGMを握り、剣尖を中段の位置に置く。


「まるで墓標だ」

「トゥーレが残した妄念と憎悪に囚われた者たちにとって、そうなってくれるといいのだけれどね」

「あんたもその一人のはずだ」

「ええ、そう()()()わ」

「今は違うってのか?」

「もちろんそうよマーズ・フォリナー。5歳児だったわたしの泣き言とに、あなたとあの人が、いつまでも駄々をこねていないで、ちゃんと前を見ろって、そう言ってくれたから」

「知らない」

「さっきのイサミと同じね。あなたはまだ、わたしを知らない」

「そのナマクラが、ひどく不安定な形と霊力で構成されていることは認識している」

「だったら何も知らないのと同じよ。これは廃刃――滅び去ったいくつもの世界の涙と願いを束ねた想いなんだもの」

「我が主は何も知らぬままそれを扱っていると……そう言っているようにも聞こえる。だとすればそれは主への侮辱。これ以上、おまえを甘やかして、遊ばせてはやれない」

「イサミを引き合いに出すのはやめなさい。認めればいいでしょう。眼の前にいる玖堂タマモ――いえ大久保ハヤトという女は生意気で不愉快だ、消し去ってしまいたい、と」

「では、そうしよう」


マーズ・フォリナーから放たれる気配が一変した。

それまで遠慮し、抑制してきたのだと理解できる圧倒的な霊力が出現していた。


「それは無理よ。だってわたし今、玖堂タマモであるより前に、大久保ハヤトなんだから」


赤い髪の少年の姿を取ったマグナキャリバーのそれに比べると、KGMの刀身が帯びる霊気は、たとえるなら溶鉱炉の炎とロウソクの灯火といった大差がある。


「その名前とKGMが共にある限り、わたしは絶対に負けないんだから」


だがそれでも、どこか誇らしげな微笑を浮かべた黒髪の少女の顔はいつになく晴れやかで生気に満ちていた。



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