八章『この世の彼方の夢海』11
「今のあんたが俺を納得させるだけの力を示せるかは疑問だが……仮にも一心同体となったイサミの実の姉だ。こっちは素手で相手してやるよ」
宮川イサミの姿をしているマーズ・フォリナーは朽ちた機体から、ふわりと地面に飛び降りた。
タマモとの距離は10メートル。
「こちらは武装していい……そういうルールなのね。良かったわ」
フェザー・シュバリエの精神世界内での対決に準じた場なのだと理解したタマモは思念を凝らす。
すると――彼女を取り囲むように8つの球体が出現した。
半年前まで鮮やかな色彩とオーラで輝いていたそれらは透明なガラスのようになっている。
「トゥーレ最後の王が愛娘に与えた奇跡のかけら――アッシュールが生成を手がけてきた中でも最強格である8つの霊結晶の写しであり、それらの力を束ねて増幅するのが、そのミラクル変身セットの胸に輝く混沌の霊結晶か」
「ええ、そうよ。アッシュール様が力を託した少女たちのそれらを拡張発展させたものがこれ」
「俺が最初にぶち壊された後になってから、あんたはアッシュールに拾われて、やつがとち狂って世界を滅ぼす過程では天空の女王なんて名で大暴れした。不幸なことに、あんたと俺は活動していたた時期がズレてた。あんた自身にもその9の9乗とかいう輪廻転生したやつらにも恨みはないが……アレスを死なせたアッシュールご謹製の霊結晶と戦えるってのは悪くない。今度は負けねえ」
「おあいにくさま。わたしのこれはもう、あなたが期待するような使い方はできなくなったの」
「?」
「来なさい、KGM」
8つの結晶体はガラス工房で溶かされて形状を変化させていく器物のように融合していった。
そしてそれは最終的に、玖堂タマモが左肩に革ベルトで吊り下げる白銀のハードケースと、そこに納められている刀としての形態を選んだ。
「……甘く見られたもんだな」
「それは違うわマーズ・フォリナー。今のわたしにとっては、これがいちばん最適な力の使い方で、大久保ハヤトと立ち会うのにふさわしいの」
「カウンターを狙っての居合いか。だが、生身の身体と違って俺は頑丈だぜ? 果たして、たかだか千年と少し程度の若い付喪神が宿る鋼で斬れるかな」
苦笑した少年が真正面から突進してくる。
「五歳児のわたしも、あのひとにそう言ったわ」
タマモは抜刀せぬまま、前のめりになって自分からも前に疾走する。
左手ではハードケースを保持し、右手は即座に抜刀できるように柄に相当する部位を握っていた。
「俺の主とあんたは違う!」
言いながら人の姿となったマグナキャリバーは右拳をタマモの胸元――この精神世界内での存在を成立させている混沌の霊結晶へと叩きつけようとする。
イメージとしてそれを破壊することで、この精神世界から追い出そうという腹づもりだ。
それをサトルタマモだったが、あえて回避や防御はせず、抜刀しないまま右の肘をその拳にぶつけた。
「そんなのわかってる! イサミを連れ戻してコクピットに回収するまでコントロールを貸して欲しいだけよ!」
霊結晶から放射する輝くが増していた。
タマモが弟の姿をしたマーズ・フォリナーと力比べするために、それだけ霊力の消費と増幅が必要だという証明だった。
「必要ない! 主はなぜかアレスとしての前世の記憶を拒んでいる。何もそっくりそのままアレスになれと言うのではない……アレスの記憶と想いを知り、その力に目覚めて欲しいだけだ!」
マグナキャリバーはそれまで、意図的に力を抑制していたが、右拳だけに集中して赤い霊気を灯して徐々にタマモの右肘ごと身体そのものを押し込むように後退させていく。
「……それが……イサミに今の合衆国を見せた理由? あの子に人殺しの経験を積ませる理由?」
「否定はしない」
即答するやいなや、宮川イサミの姿をとったマグナキャリバーは攻撃的な霊波動を右拳から放射することでタマモを宙に吹き飛ばす。
「だが、虐げられる者たちの悲しみを……怒りを背負い、戦うのが我が主。それはどれほど輪廻転生を繰り返そうとも変わらぬ我が主の徳だ」
タマモは霊波動の衝撃を受け流すように身体を回転させながら、不可視の足場を瞬間的に形成することで体勢を立て直し、再び、居合のかまえのままで眼下のマーズ・フォリナーめがけて迫る。
「イシスもそんな主に、アレスの面影を見て好ましく思ったはず、そうだろう、我が友にして敵の写したる者――獅子王」
「っ?」
マーズ・フォリナーとの間に出現したその存在を警戒して、タマモは構えを解かぬまま後退し、着地せざるを得なかった。
「キューバ危機の時に……宮川ユウゴの天狼機と組んで黄玉鈴を倒し、封じた復元級シルエットキャリバー……あなたまでわたしを拒むの?」
タマモの不快そうな独り言に応じるかのように、動物としての雄獅子が装甲をまとったその巨獣は、荒々しい咆哮で叫ぶのだった。




