八章『この世の彼方の夢海』10
あけましておめでとうございます。
今年はたくさん更新したい……とは思っていますので、可能な限りがんばります。
「タマちゃん?」
恥じらっていたタマモの表情が一変して、ナナミは不安げな声で呼びかけた。
ミラクル変身セットのドレスに似た装いに変じてすぐ、黒髪の少女の瞳は空虚なものとなっていた。
それはミシェルやミランダたちヒューマニッカがその意識を霊的な異界となった電脳空間に投影している場合と同じ状態だった。
だが、声をかけたのには、もうひとつ理由があった。
「タマモも……チカナのたみ……だったの?」
ナナミ以上に後部座席のサロメが驚いていた。
なぜならば少女の耳にはサロメと同じ獣人種たる徴――キツネ耳が生じていたからだ。
「そうではないサロメ。これはタマモの過去世の姿を部分的に再現したものじゃよ。この娘が今の時点で霊力を振るうのに最適な状態として霊結晶が選択した装いじゃ」
こう語るイシスではあったが、彼女にしても、宮川イサミやその父である藤原ヒロミが、少女の姿になってタマモと同様に最適化された霊力を振るう事実までは知らずにいる。
「ネコミミさん……タマちゃんは……徹夜明けの大人の人みたいに、ぼんやりしちゃってますけど……大丈夫……なの?」
「そうであることを願う。ナナミよ、せめて、おぬしはこの娘の手でも握ってやれ」
「うん」
イシスの勧めに従い、ナナミはタマモの隣に立って、その右手を両手で包んだ。
「タマちゃん、がんばれ」
「ハヤトのおねえさんなら、タマモがんばれー」
サロメも、励ますように後部座席から手を伸ばすとタマモの肩に触れた。
だが、虚ろな表情のタマモからはそれに対しての反応は返ってこない。
「ここがこの子……マーズ・フォリナーの精神世界」
荒涼とした赤い砂漠に差す夕日の中でタマモは周囲を見渡す。
その服装はナナミに見せることを恥じらった変身ヒロインのようなドレス姿だった。
地球上のどこでもない場所だ、と前世の誰かが警告してきた。
赤い砂が突風に吹かれて視界を閉ざした。
「だとすると……トゥーレと12の都市がこの惑星に移り住む前に……本来の移民先としたはずの星――火星?」
天空の女王としての前世で彼女は、その保護者であり慕ったアッシュールの口からトゥーレの文明圏の勃興と、それ以前の歴史について聞いたことがあった。
「星々の大海をさすらう12と1の船団……それが行き着いたのが火の星……」
トゥーレにおいては『第一世代』とされた指導者層を除き、自分たちの過去について追求することは禁忌とされていた。
それは彼らが、自分たちの出自を伏せて、民衆を支配するには不都合がある情報だったからだ。
輪廻転生機構と称するもので肉体を移し替えることで実現させた不老不死を独占する者たちにとっては、ようやくたどりついた理想の楽園を私利私欲のぶつかり合いで台無しにしてしまい、あわてて元の移民船に乗り込んで近場にあった地球へ逃げ込んだ卑怯者の集団などと、言えるはずもない。
「でも彼らはすべて討ち滅されたわ……アッシュール様が立ち上がってくださったから」
タマモの中で、父親と似通った凛々しい青年への想いが湧き上がってくる。
それは1962年に宮川ユウゴらの手で封印されてしまった黄玉鈴という女が愛する養父の似姿と転生先を求めてやまなかった理由でもあった。
「あなたは……そのアッシュール様の最初の敵として戦ったアレスの機体……だったはず。だからわたしを拒むというの?」
砂嵐が止まって視界が晴れていく。
玉藻の眼前には、錆びた色になり朽ち果てたマーズ・フォリナーが、横たわっていた。
獅子王と融合同化する以前の10メートル級の大きさで、素の状態のそれだった。
「そういう理由なら、とっとと追い出してる。理由は単純だ。イサミが戻るまでは待機する。無理やりにでも動かしたいなら、納得させるだけの器量を見せて、俺を納得させろってことだ」
マグナキャリバーの残骸に腰掛けている赤い髪の少年が答えた。
「なぜその姿なの?」
相手が人の姿を狩りているマーズ・フォリナーだというの想像がついたが、タマモにはその外見の相手と立ち会うのは気が進まなかった。
「玖堂タマモ、あんたにとって、もっとも戦いにくくて、もっと強いと認識した相手の虚像としてこれを認識させているだけだ。文句を言うなら、自分自身に言え」
赤い髪の少年――玖堂タマモが五歳児の頃に巡り合った大久保ハヤトの姿をしたマーズ・フォリナーはイサミ本人そっくりの口調で迷惑そうにぼやいた。




