八章『この世の彼方の夢海』9
ようやく時間が取れましたので……だいぶ間は空いてしまいましたが続きとなります。
曽祖父から引き継がれてきた大久保ハヤトの剣名を姉に預け、ただの宮川イサミとして少年がサンフランシスコの夜空に飛び降りていったその直後からしばらく経って――
「……お願いだから、ちゃんとこちらの操縦を受け入れて?」
マーズ・フォリナーのパイロットシートに着座する玖堂タマモは両手で左右のコントロールレバーをガチャガチャと動かしていた。
まともに反応してくれない機体へのいらだちを感じさせるには充分な挙動だった。
「……この子、わたしのことが嫌いなのね」
憮然としたタマモはそう言ってからコントロールレバーを動かすのをやめる。
サンフランシスコ上空を周回するマグナキャリバーは、その真の主たる宮川イサミが地表に降下して以降、一切の操縦を受け入れてくれない。
「そうは思えぬな。マグナキャリバーの写しである獅子王や天狼王にしても、毛嫌いする者を自分の体内に収めたまま放置するなどありえぬよ」
コクピット全周に表示されるサブウインドウのひとつが追従し続けるイサミの行動を観察しながらイシスは気休めとも取れる言葉でたしなめた。
「つまりはKGMと同じなのね。かりそめの主として認めてやるには、それなりの力を示せと」
タマモは約半年前、自身の愛機となったフェザー・シュバリエのコクピット内で要求された対決のことを思い出した。
あの時、幼い頃の自分自身の姿で対決を迫ったKGMとの戦いを経ることでタマモは、その剣と大久保ハヤトの名、そして13番めのマグナキャリバーであるフェザー・シュバリエを預かることを許された。
ミシェル・バーネット准将が託したそれらは、タマモに対して自身を預かるに足る力を示せと、そう要求してきたのだった。
そのKGMは、イサミがここに残していったまま、白銀のハードケースとして、専用の収納位置に固定されている。
「はやくハヤトのこと、おいかけてタマモ!」
イシス同様、サブウインドウのイサミの姿をハラハラして見つめているサロメが後部座席で叫ぶ。
そこには白人キリスト教徒のみが支配階級として尊ばれる唾棄すべき秩序を破壊する少年の姿がある。
「サロメちゃん、タマちゃんも大変なんだから、そんなにあせらせないで?」
ドラマ撮影の現場で幼い子役タレントが癇癪を起こして泣き叫んだのをあやしたことを思い出しながらナナミは声をかけた。
「でも、なんだかいやなかんじがするの! ハヤトがとびおりてから、だんだん、いやなかんじがつよくなってきてるの!」
「ふむ……サロメの霊能は飛び抜けておる。考慮すべきじゃな」
「そうなんですかネコミミさん?」
「ナナミとかいったな。このサロメは……おぬしの友であるタマモと同じ宿命を……生まれつきの特別な力を背負っておるのじゃよ」
本来であれば危険な存在として抹殺する予定だったことを思い出しながらイシスは苦笑した。
とっくにもう情が移っていて、そんな真似はできそうにない。
その精神と自我のみは古代トゥーレ末期を生きた女は、不安げなサロメに寄り添い、黒い学生服の少年が大立ち回りを続ける映像を見つめる。
「イシスさん、さっきのお話では、この機体にはあなたの獅子王が混じっているということでしたね」
彼――宮川イサミの前世であるというアレスの言動を彷彿させる戦いは彼女を優しい目にしていたが、タマモからの質問がそれをさえぎった。
「いかにも。ハヤトがそれを望み、獅子王もまた単に朽ち果てるよりは共生することで存在を願った。儂は半死半生であったし、それを拒む理由もなかった」
「獅子王としての部分にイシスさんが精神感応することで機体に干渉できませんか。あなたが預かる機体だったんですよね?」
「不可能ではあるまいが、なぜにマーズ・フォリナーとの対話を試みぬのじゃ?」
「その……わたしの力をこの子に示すに当たっては……」
タマモはナナミの横顔をちらちらと盗み見して言いよどむ。
「どうしたタマモ? おぬしはマグナキャリバーの意志と感応するのに裸踊りでもせねばならぬのか?」
「そんなのでハヤトをおいかけられるなら、はやく、はだかおどりしてよタマモー」
「ある意味では……同じようなことかも……しれないので」
「どうせここにおるのは女ばかりじゃ。温泉にでも入ったと考えて、さっさと済ませるがよい」
「タマちゃんが恥ずかしいなら、あたしも脱ごうか?」
「い、いいよ……でも、恥ずかしいから……絶対に笑わないでねナナミちゃん」
タマモは小声でぼそぼそと精神集中のための呪文めいた言葉をつぶやく。
すると、イシスの呪符によって修復されたタマモのセーラー服は四散して再構成され、まばゆい光と共に少女は混沌の色彩を宿す巨大な霊結晶を胸に備えた〈高次元波動・変換装衣〉をまとう。
フェザー・シュバリエそしてKGMの主となるための対決でもそうであったように。
「それ、ミラクル変身セットとそっくりだよタマちゃん?」
「こ、これは装着したわたしの精神的なイメージが実体化したやつで……だから……その……」
幼い頃にふたりが別離したその日の話題にも登場した低年齢向け魔法少女ドレスのことなど何も知らないサロメは不思議そうだったが、しどろもどろになって弁解するタマモを見るイシスの表情は穏やかだった。




