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八章『この世の彼方の夢海』8

サンフランシスコの夜は騒然としていた。

ゴールデンゲートブリッジ付近で発生した、謎のシルエットキャリバーによる破壊活動。

これは軍警察ではなく戦略機甲軍の直轄部隊が周辺を封鎖することで収束した。


トラブルはそれだけではなく市街地では立て続けに暴力事件が起きていた。


法的にも道徳的にも正しいとされる劣等種に対しての善意からの指導と矯正を行っていた紳士たちが、ガラの悪い小柄な東洋人の少年によって重症を負わせられてしまう事件が連続していた。


事態の収拾のために市警の分隊が展開されてはいるが、武装した各隊は、素手の少年を相手に敗北を続けている。


「奇妙な話だ。そうは思わんかクロム巡査長?」


真夜中に動員されたサンフランシスコ市警治安部隊は市街地の各所に緊急展開していた。

彼らを運んできた車両それ自体は第三次大戦以前の古めかしい代物だったが、火器だけは戦前では考えられない重装備が許されている。


「ダルトン警部、私語は慎まれた方が良いのでは」


短機関銃を手にした若い青年が、恰幅のいい上官からの呼びかけに対して迷惑そうに答えた、

クロム巡査長は30歳になったばかりの男で幼かった戦前の記憶は遠い。

それが定年退職も近い高齢の上司であるダルトン警部との大きな違いだった。


「適度な息抜きは必要なことだ。特に我々のような現場の人間にはな」


ダルトンは腰のホルスターに拳銃を収めたままだった。

クロム巡査長以下の総勢30名からなる部下はそうではない。


「どうせ我々は戦略機甲軍の下請け企業である神聖騎士団の使い走り――戦前の知人の故郷ではこれを孫請けというそうだが――あちらも、当てになどしておるまいよ」

「では時間稼ぎ?」

「十中八九そんなところだろうよ。やつらご自慢のシルエットキャリバーを出動させるまでのな。それに、俺が聞いた限りでは、件の少年が問答無用で暴れているののは、戦後の法規則と新道徳に熱心な紳士淑女に限られるそうだ」

「警部は少年と交渉されるおつもりで?」

「場合による」


ダルトンが答えると、ほどなく、大通りの向こうからひとりの少年が歩いてくるのが見えてくる。


「そこの少年止まれ! サンフランシスコ市警だ! 両手を上げて投降しろ!」


クロムが傍らに置いていた拡声器を使って呼びかける。


「こちらはイサミ・ミヤカワだ。邪魔立てするなら、そっちこそ痛い目見るぞ。ああ、黄色いのや黒いのや耳やしっぽがあるのは人間以下の奴隷だと思ってるやつがいるなら、大歓迎してやる。全身全霊で俺を殺しに来い。返り討ちにしてやる」


多少のなまりはあるが英語で返答したイサミは臆することなく堂々と進んで歩みを止めない。

拳銃ではなくショットガンや短機関銃で武装した警官隊に緊張が走った。


「ミヤカワ少年! 市警のダルトン警部だ! 交渉をしたい! 話を聞け!」

「聞いてはやるが足は止めないぜ」


クロムから拡声器を奪ったダルトンが呼びかけるがイサミはそのまま進んでくる。


「この距離なら外しません」


部下からの進言に、どうされますか、と、クロムがダルトンに振り返った。


錬金術的(アルケミック・)状態変化(チャージ)された装備で固めた分隊を蹴散らした相手にそんな豆鉄砲が効くとは思えん。撃つな」


すでにダルトンたちは別部署の同僚たちがイサミと交戦したが完膚なきまでに叩きのめされたという報告を受けている。


「ミヤカワ少年! 君の目的は?」


クロム巡査長が叫んだその時点でもう、警官隊とイサミとは、わずか数メートルの距離にまで近付いていた。


「神聖騎士団とかいうカルト宗教の連中と、その上にふんぞり返ってる戦略機甲軍を叩き潰す。それが終わったら、このバカでかい合衆国大陸本土っていう鳥カゴそれ自体をぶち壊す予定だ」

「無茶を言うなミヤカワ少年! いくら君が稀有な戦闘能力を持つハーメルン症候群発症者だとしても一個人の力には限界がある! ましてや戦略機甲軍によって隔離された合衆国を解放するなど!」


クロム巡査長が近接格闘の間合いに入ったイサミにショットガンの銃口を突き付けている。


「今は西暦の2025年でいいのか? さっきメシを喰った店にあった新聞にそう書かれてたけど」

「7月3日いやもう日付は変わったから7月4日になるが、その通りだ」

「だったら教えてやる。2035年の世界史の教科書には、その日が旧合衆国大陸本土が大閉鎖から解放されたと書かれている」

「よ、世迷い言を! 君は自分が未来から来たとでも言いたいのか!」

「俺にとっては、そこが今だ……今だった、と言うべきなのかな」


結局、クロム巡査長はイサミに発砲することができず、自分と部下たちの間を通過させてしまう。

ダルトン警部とその部下たちは、戦前の気風を残す面々でもあった。

それは戦後世代であるクロム巡査中も例外ではなかった。


「大閉鎖は戦略機甲軍と彼らが擁するマグナキャリバーによって発動した。抜け道があるとのウワサも聞くが、それは目こぼしか意図的な密貿易だともな。クロム巡査長と同じことを言うが、いかに強大な異能の使い手だろうとも、マグナキャリバー相手には――」

「マグナキャリバーの相手はマグナキャリバーが務めればいいさ。しかも今の乗り手は、正当な乗り手とかいう触れ込みの俺より腕が立つ」


イサミはまぶしそうに夜空を見上げた。

それにつられて、ダルトン警部やクロム巡査長以下の警官隊も天を仰ぐ。


「赤いシルエットキャリバー……いやあれがマグナキャリバー……なのか?」

「俺は……知っているぞ。大戦中に……あれを見たことがある!」


真紅の輝きを帯びたマーズ・フォリナーは、サンフランシスコを一望できる高地――ツイン・ピークスと呼ばれている場所へと降下しつつあった。


「さすがはタマだ。俺みたいに、ちまちましたモグラ叩きはすっ飛ばして、悪党どもの本陣に殴り込みとはな」


かつて自然保護区であり観光の名所であったツイン・ピークスというその山は戦略機甲軍によって要塞化され、今では市民たちから『高い城』と呼ばれる強権的な統治者の城館となっていた。


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