八章『この世の彼方の夢海』7
だいぶお休みしてしまいましたが、細々と続いております。
「なあ、じいさん。バドワイザーってあるか?」
巨漢の白人青年をダウンさせた東洋人の少年――宮川イサミは、無造作にズボンの保ケットから取り出したドル紙幣を放り投げて店主に問いかけた。
「戦前のドル紙幣じゃないか? そんなもの紙切れになってる」
「ちぇっ、だったら水を一杯ごちそうしてくれよ。俺はこれから、ひと仕事あるんでな。できれば軽くメシでもと思ったんだがそれで妥協しといてやる」
「面倒事はごめんだ。そのデカイのを引きずって、どこかよそへ行ってくれ」
そう言いつつも店主は有色人種だというだけで有形無形の悪意と方力にさらされている日々の暮らしに刺激をもたらしたこの少年のために冷えた缶ビールとビーフジャーキーを用意していた。
「おまえさん、どこから来た? まさかウワサになってる外部からの密航者か? それとも中西部の〈再独立派〉の先遣隊か?」
「んぐっ……ん……」
イサミはさも当然のように缶ビールをぐいっと飲み、次いでビーフジャーキーを豪快に噛みちぎる。
「どっちも違う。ここが2025年のアメリカってことなら、その26年ほど前から来たタイムトラベラーといったとこだな」
厳密には、2035年から1999年へと跳び、さらにそこからこの2025年という時空座標にたどり着いているイサミだったが面倒なので単純にそう言った。
「なんか炭酸が弱くないか、このバドワイザー?」
「ぜいたく言うな。そいつは金を払ってくれる数少ないまともな客用の高級酒だ」
「そいつは悪かった。お詫びにさっさとこの地獄めいた世界を仕切ってる連中をぶち殺して、あんたらを鳥かごから出られるようにしてやる」
「なっ?」
イサミの言葉に店主は絶句する。
「どうせ無茶だと言いたいんだろ?」
「いくらカラテの達人だろうと、銃で武装した警官や憲兵に……そして戦略機甲軍に生身の人間が勝てるはずない!」
「腹が減ってなきゃ、なんとでもなる。向こうがマグナキャリバーでも持ち出して来ない限りは」
そう言ってハヤトは残ったバドワイザーを一気に飲み干す。
もともとアルコール濃度は高くないが、彼にとっては炭酸入りジュースといった感じだ。
「サンディエゴの軍港にはそのマグナキャリバーとかいう特別製のシルエットキャリバーが配備されてると聞いたことがある」
「……いい話を聞いた。この街を仕切る連中や戦略機甲軍のシルエットキャリバーぶちのめせば、必然的にそいつが出てくるわけだな。いちいちアメリカ旅行して、親玉探しをする手間が省けそうだ。ごちそーさん」
「おい、そのマグナキャリバーとかいうのがあると、まずいんじゃなかったのか?」
「その前に大久保ハヤトとそのマグナキャリバーに御出座願うさ。宮川イサミとして俺が派手に暴れたら、見つけてくれるだろうし」
「お、大久保ハヤト? 合衆国を苦しめた悪魔が来ているというのか?」
「ひでえ言われようだな。合衆国の外の世界だと正反対に、戦略機甲軍のクーデターで暴走した合衆国から世界を守った英雄らしいぜ?」
店主からの返事を待たずにイサミは、さっき打倒した白人男の腹をわざと踏みつけて表へ出ていった。
サンフランシスコという街をキリスト教と白人至上主義で支配してきた統治機構が破壊されるのは、それからわずか一時間後のことだった。




