三毛猫が会いに来た理由
コンクリートが抱いていた熱を一斉に手放すように、ついている足の裏からじわりじわりと伝わる熱。制服の黒い学生ズボンが脛に張り付いている。流石に暑いのか、長袖のブラウスの袖を田戸は捲くっていた。
ミサキを騙す
この言葉のいまいちまだ理解が十分に出来ていない。
「ミサキちゃんは、自分が死んでるって気がついたら落ち込んじゃうと思います。あんまり笑わないし、いつもめんどくさそうにしているけど、きっと傷つきます」
ミサキは感情をあまり外に出す方じゃない。何もかも面倒だと言って休みがち。猫じゃなくてナマケモノと言ってもいいかもと思った。そのくせ、人一倍傷つきやすいんだと思う。繊細な硝子細工みたいに、デリケートなんだと付き合ってはじめて知った。そのギャップに惚れた僕は、ミサキにアタック。告白はあっさり「OK」だった。
「だから、だから……ミサキちゃんを騙しましょう? これは、優しさのある騙しです。よね?」
「うん」
いつも利用している駅に到着すると、田戸は「私こっちですので。さようなら、前田君」と丁寧に腰から身体を折り曲げ一礼して、自分と違う方向のエスカレーターに乗った。
ホームでイヤホンをして周りの音を遮断した。蝉の声や、列車の音、アナウンスの声を全て追い出すが、イヤホンからは音はしない。イヤホンジャックは何にも接続せずに耳栓代わりにしていた。
ミサキが会いに来た理由を一人で考え込む。暑さとこの疑問に眉が自然に怪訝そうになる。
ミサキに会えるのは、単純に嬉しい。それでも、会いに来ては決意した気持ちが揺らいでしまうのが嫌で嫌で仕方が無い。春芳にも秘密だけど、本当は一人で泣いた。ミサキが居なくなった事が、悲し過ぎた。寂しく、胸が張り裂けて、これが胸が痛いって言うことなんだなと実感した夜があった。
思想に耽ていると無音で電車がやって来た。ぼくは、表情一つ変えずに三つ繋がっている鉄の箱の一つに無言で乗り込んだ。
雨が降ってきた。
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