ぼく等の嘘
蝉が「ミーンミンミンミン」と必死に鳴いている。その小さく短い命を懸命に燃やし何を主張しているのだろう。墓へ続くアスファルトの急勾配を水も花も持たないで一人登っていった。
暑い。舗装された小道は太陽の光を容赦なく跳ね返し、頑迷の細胞と言う細胞を破壊しているようで、思わず目を細め少し早足で向かった。
目的の場所はいつもと変わらず、たくさんの墓の中に囲まれ周りのそれと同じように静かに立っていた。「前田家」と書かれた墓は容赦なく真夏の日差しを受けて、白っぽく見えている。今日も日差しが大嫌いな彼女はきっと暑がっているだろう。昨年もこんなに暑い夏だったと思った。
久しぶりに墓参りだ。明日は引っ越しの日だからもう彼女のもとに来ることが難しくなるだろうと思い立った否や家を出た。名前の知らない花が灼熱地獄のため頭を垂れて下を見ていた。前田家の墓の花は枯れていた。
前田ミサキは去年の夏に死にました。ミサキとぼくの関係はその時絶たれ……いやぼく等は何も始まってすらいなくて、零は零のままなのだ。
ぼくこと前田良太と前田ミサキは二卵性双生児。容姿、性格共に似ていない。この事実を知っている者は限られ、二人の今の父母と親戚くらいなものである。
親が離婚したのはぼく等に歯が生えるか生えないかくらいの頃なのでミサキの存在を十歳くらいまでは知らなかった。ぼくは父にミサキは母に連れられ、お互い再婚した。
今ぼくは実の父と父の再婚相手と暮らしいてる。再婚相手とは言うが、ぼくは産みの母の顔を数回しか見たことがないので今の母が、本当の母のようなものだ。それは彼女にとっても同じだと思う。というか彼女はこの事実を知らない、ぼくが兄弟だなんてことミサキは知らないのだ。
ミサキの産みの母(ぼくの産みの母)の再婚相手は前田という苗字で、彼女は生まれた頃と変わらず「前田ミサキ」として生きてきた。前田なんていう苗字はありふれたもので、クラスで同じ苗字のやつがいたとしても血の繋がった人だとは思わないだろう。ぼくもそう思ったことだろう、父から何も聞かされていなければ。
ぼく等の母はぼくをミサキの葬式に呼んだ。記憶にあるなかで三回目に会ったことになる。「良太……」と黒い服をまとった彼女は呟いたが何も答えることが出来なかった。ミサキの新しい父親はぼくの父さんより下がり眉でいかにも優しそうな人だった。
知らない妹がたくさんいた。妹としてではなく恋人として知っているミサキならいっぱいいた。
恋人以上恋人以下つまり恋人止まり。
恋人であっただけでそれ以上は何もない、それ以下もない。
墓には枯れた花と熱い風が流れる通り道しかない。蝉が鳴き口に汗の味がしゅわっと広がった時、墓石の暑さに触れた。雨上がりの特有の匂いも立ち込めていて、君が嫌いな夏を五感で感じていた。
さわっと木の葉がざわめく音がした方向を見ると巨木が葉を揺らし心地良さそうな日陰を作り上げていた。気持ち良さそうだったので、強い日差しで滅入りながらふらふらと木陰に隠れた。
突風が墓場の向こう側の森からぶわっと吹き込んできた。
「良ちゃん」
確かに耳に届いたその声は風と共に去っていったようだ。
「ミサキ?」と小さく言ったが、あまりにも小さすぎて蝉時雨にかき消された。
何も始まっていなかったぼくとミサキ。
嘘にまみれ二人で恋心を募らせていった。
「うわああああああああああああああああああああああああああ!」
もっと手を繋ぎたかったと、又声がききたいと、キスがしたいとわんわん泣いた。叫んでも全て不可能なことだと頭では分かっているつもりだが涙が溢れて止まらなくて、言葉が見つからなかった。
乱れた呼吸は一向に落ち着く気配はなかった。
「ミサキに嘘ついてたんだけど、気付いてたかな」
少し経った頃だ。新しい家新しい場所に移り住んだぼくの家族の玄関に一つ植木鉢が置かれていたがもちろん誰が置いたのかは分からない。植木鉢に植わっていた赤い花は確か――




