結末
田戸と春芳に倉庫で出くわしたあの時からぼくの幽霊は現れなくなった。手紙もくれなくなった。ぼくの視界に一度だって姿を見せなくなった。
あの日、田戸は春芳と話をしていた内容を教えてはくれなかった。田戸に何度訊いても頑なにそれを拒み、春芳もそれは同じだった。
そしてあの日から一週間ほど経った今日、田戸が息を切らしながらわざわざぼくのところへ来てくれたので、「一緒に帰ろう?」と誘ってくれた。
駅までの道のりをしばらく無言で歩いたが、彼女の方が口を開く。
「嘘を、ついていました」
申し訳なさそうに眉を顰める彼女。
「前田君に嘘をついていたの」
「うん」
「私、ミサキちゃんが見えないわ」
「うん」
「何で怒らないの? 私前田君にひどいことをした」
些か田戸の歩くペースが緩み、ぼくの斜め四十度後へ下がる。
「ミサキに教えてもらった」
と少しわざとらしく後方を振り返りにやりとした。
「ミサキちゃんは、いないよ。見えないよ、幽霊なんて」
「ぼくには見えるからいいんだ。でもミサキはもうどこかへ行ってしまったみたいで独りぼっちかな」
途方に暮れたようにこっけいなくらい大息をついてみせると、いきなりぼくの袖を掴んで、
「――駄目だよ。絶対」と怖い顔をする田戸を見るのは出会って初めてかなり戸惑った。袖を持つ手は固く強く握られている。それをそっとふりほどいた。離された服はよれっとしていた。
「何が?」
「……前田君は死んじゃ駄目だよ」
少し痛いところを突かれた気がしていた。
「死なないよ」
唾を飲み込むフリをしながら死ねないから、という言葉を喉の下へ隠す。
我に変えれば二人とも道のど真ん中に立ち止まっていた。下校中の小学生が威勢の良い声を発してぼく等を不思議そうに見る。
長く短い沈黙が漂いそれを破ったのは又しても田戸だった。
「なら、いいよ」
ぶっきらぼうに早歩きをする彼女の後をぼくは追った。その後にはもう一度静けさが襲ったが今は喋りたくないし何も聞きたくない気分だったので、ただただ心地よかった。田戸一葉はスピードを緩めずに歩いていた。やっとの思いで追いつき直ぐ隣を歩けると思ったとき、駅が見えてきた。そこで今日も田戸と別れるのである。ふと、なぜ田戸は一緒に帰ろうと誘ってくれたんだろうと思った。
見慣れた駅が少し色が濃く見えた。道路が濡れていた、逃げ水だ。日光の照り返しと直射日光のコンビーネーションアタックがクリティカルヒットして、身体を突きぬけどこかへ飛んでいった。汗の球が額を撫でたかと思うと、頬に伝い首筋に落ちてこようとしていた時に言った。
「ミサキってさ猫みたいなんだよな」
「え」
隣を歩く彼女は「何を言い出すんだ」とでも言いたそうな顔で、ぼくは何でそんな顔をするのか少々不思議だ。手の甲で汗を拭った。
「猫、みたい。昼寝が好きで暑い場所が嫌いで、ふらふらってどこかへ行ったかと思えばふらりとまた帰ってくる。個人的には三毛猫がお似合いだなって思ってる」
隣の彼女は何も言わない。
「そう思わないか」
正直言って不安だった。ミサキがいなくなってしまったこと、死んでしまったこと。死んだのになぜか現れたこと。全てが初めてのことばかりでどうやって生きていこうか迷っていた。
田戸は思ったより頑固みたいで「え」と言ったっきり口を開いてくれない。意に反したような「え」という言葉は喋ったとは言えないと思った。




