猫の部屋で密会
ぼくは廊下をうろうろしている。
この不審な行動の理由をお教えしよう。親友の春芳とミサキが見える(と言ってはいるけど、本当のところはわからない)田戸が、授業が始まっても帰ってこないのだ。その二人を探すために、ぼくは授業中にもかかわらず教室を飛び出してきた。
空き教室の扉を一つ一つ開けては閉めを繰り返し、彼らの姿を見つけようとしていた。しかし、見当たらない。流石に職員室付近は先生に見つかってしまう危険性が高いので、近づかない。足音を消し、抜き足差し足で人の気配がない廊下を進んでいく。
あと探していないところは幽霊が寝ている第二理科室だけである。
■ □
少し立て付けの悪い引き戸だ。三センチほど動かしたら大きな音がしたのでゆっくりとスライドさせた。
「春芳ー、田戸? いるんだろ」
と、空虚に向かって声をかけてみた。この言葉は教室よりは広い理科室に吸われて消滅した。空っぽの部屋に声をかけるのはなんとも馬鹿馬鹿しい。
ぼくの言葉の後にぼそぼそという囁き声のようなものがした。内容はききとれないが人が喋っているみたいで、ドキリとした。声の主たちはミサキが寝ている第二理科室の倉庫にいるようだ。
音を立てぬよう息を殺し倉庫のドアに近づいて、ゆっくりと戸に背を委ねた。耳をそっと押し当てた。これで中の喋り声が聞こえるはずだ。
「良太をどうするんだよ」
「どうするってどうもできないと思うわ。あれはもう末期よ。私たちがどうこうする問題じゃなくて、前田君自身でどうにかしてもらわないと」
「分かってるよ! でももしあいつが元に戻らなかったらどうするんだよ。ずっとミサキミサキって言って、頭おかしいんじゃないのかよ……俺たちがどうにかしねーと――」
「今の前田君ははっきり言って、おかしいわ。それ程ショックだったのよ」
ぼくがもたれかかる扉を蹴ったり殴ったりする春芳。声でわかった、中にいる一人は春芳だ。
「私たちができることは【コレ】。【コレ】しか歩む道はないのよきっと」
上履き特有のぺたぺたという音がしたかと思えば、気がつくとぼくの後ろにあったドアはなく、何物かによって開けられていた。突然だったので「うわっ」っという大声と共に後方へ仰け反り上半身、主に背中を倉庫の床で強く打ち付けた。視界が回転、春芳の言葉も脳の内部で渦を巻いた。
つまりぼくは見つかった。
目が合ったのは――田戸一葉。魂消たのは田戸もだったようで、瞳孔が幽かに開いたと持った。熱い季節にそぐわない白い首筋と桃色の唇が少し開かれている。そこから彼女の声がこぼれるのを待っていた。何と言われるのかと待っていた。高鳴って爆発してしまいそうなほど熱い心臓を胸の下で確かに感じた。
■ □
春芳、君は僕を心配しすぎで弱さを一向に見せてくれないじゃないか。ぼくを小ばかにしているようだけど、それはきっと春芳の優しさなんだ。気付いていなかったわけじゃないんだ。君に甘えていた。ミサキが死んだときも、ぼくがおかしくなったときもお前のフォローがなかったら今頃死んでたかもしれない。冗談抜きで、だよ。
田戸にも感謝しないといけない、ありがとう。ミサキ以外の女子に免疫がついた。これは少し冗談だけど。
君は本当にこの世にいたのだろうか。
もしかしてこれは全部夢で、そもそも君なんていなかったとか……そういうオチだったりするんじゃない? いてもいなくても――こんな事を言うのはキャラじゃないが――ぼくの頭には君は存在していたのだから、それでもういいじゃないか。
と思っているが君はどうだろう、ミサキ――




