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駄目?

 「流石に寒いね。エアコンの設定温度を下げようか」

 まだ自分の頭の中は整理されていない。

 倉庫の中に、リモコンのスイッチ音と自分の吐息が反響する。

「良ちゃんよくよくきいて。良ちゃんが一々質問してくるのが面倒だから、話が終ったら質問とか受け付けるから、それまでずっと黙ってきいてほしい」

 ぼくが何も言わないのを見て、ミサキは目線を少しずらした。それから、

「あたしは死んでる。自分でも、自分が死んでいることに気がついてる。最初に言うけど、ごめん。勝手に良ちゃんの目の前から居なくなって死んじゃって、次の日から会いにくるとか迷惑だと思う。あたしだったらめんどいから嫌だよ。

 何であたしがここに居るかって事、悩んでると思うよ。見てて分かる。理由なんて、良ちゃんに会いたかった、だけじゃ……駄目?」

と言った。声が震えている。ミサキの肩も唇も小刻みに振動していた。

 自分の喉から声が出ない、咳払いの一つさえ。口を開閉させるだけしかできない自分がもどかしかった。

「ねえ……! 駄目!?」

 真っ黒な瞳を濡らし顔を赤く染めて、叫んだ彼女を見るのは一年弱付き合って初めてだった。取り乱し、白い頬と対照的な黒髪を涙で貼り付けたまま。

「……いいよ」

 ぼくの狭い胸の中は訳も分からないが、もやもやが消えない――不安? 心配? 愛情? 諦め? どれも違う気がするだけで正解(こたえ)は出ない。違うことが分かる、それだけだ。


  ■ □


「ありがとな……ぼくもミサキともう一度会えて嬉しいよ。やっぱり死んじゃったんだな」

「うん」

「心のどこかでミサキは死んでないんじゃないかって思ってたんだけど、死んじゃってるんだな」

言葉で言い表せないほどの脱力感と共に第二理科室の倉庫の床に座っている。まるで漬物石を数十個も食べてしまったかのように立ち上がる事ができない気がしていたので、今までずっと座っていた。食べたのはお昼ご飯用に持ってきていた、焼きそばパン――しかも一口程。

「これからミサキはどうするんだ? そうだ、天国って本当にある訳ないだろうな」

冗談半分で言ってみた。

「知らない。あたしも行った事ないし……天国なんてないんじゃない? 死んだらね、お花畑も雲もない殺風景な真っ白の世界に独りぼっちで居るんだ。暖かくも寒くもない世界で君の事を考えていたら、不意に何も見えなくなって、気がついたときには制服を着て学校に立っていた」

「その白い場所が、天国じゃないの?」

 彼女は素っ気無く、

「んな訳あるか」

と言って、ぼくの額に人差し指の爪を食い込ませて口を尖らせる。間違いを指摘されて拗ねる幼子のようで、クスリと笑ってしまう。

 天国――ってどんなところなのだろう。当たり前ではあるが、そこへ行ったことがないので思い描けない。ちなみに、美術の評定はいつも「2」であるので、それが原因の一つなのかもしれない。ミサキの言葉での説明だけでは、世界が想像できないのである。

「なあ」

ぼくは、窓辺に立つ幽霊に声をかけた。

「ミサキは、ぼくの事が好き?」

「うん。好きだよ。好きじゃなかったら、あたし会いに来ない」

 この言葉を聴くことができて安心した。自分の好きな人が自分の事を好きと分かった瞬間、心がほの温かく心地よいものに満たされた。

「…………?」

「ん?」

とぼくはわざとらしく聞き返したようだけど、本当に聞き取れなかったのだ。その時は幸せを噛み締めていたのかもしれない。

「――良ちゃんは、死にたいと思うの? ってきいたんだけど……」

 ミサキは困ったような、呆れた様な顔をしてぼくを見つめたかと思うと、横目に

「まあ、いいよ。気にしないでー」

と軽く自分の質問を己で蹴り倒した。

 ぼくは問の意図が理解が出来なかった。「あたしが死んだから、あとを追うの?」という事だろうか? きっとそういう事なんだろうと、答えを頭の中で探し始めた。

 でもやっぱり、死ぬのは怖いなと思う。

 死ぬ時はどう意識がなくなるのだろう? 眠るように?

 人が死ぬ時はどんな事を考えるのだろう?

 分かるのかな、自分がそろそろ死ぬ、と。

 分かってもそれは回避できるのだろうか。

 回避しても良いものなんだろうか?

 ――それで未来が変わってしまうのだろう。

 ぼくは――『ミサキの後は追えない』

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