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マーガリンの成分表4

 エビフライサンドイッチ再開初日、閉店時間は過ぎていた。

 天井はキッチンでぼうっとした顔をしながらも自分の未熟さをひどく痛感していた。些細なイベントではあったが、彼にとって学ぶことは多かった。

 あの後、家族連れのお客様と話をする機会があり、貴重な意見をいただいた。エビフライサンドイッチの味が評判が良いのに、売上が伸びないのは実に簡単なことであり、モーニング限定だったからに過ぎなかった。天井と苦瀬はまだ若いので抵抗は少ないが、雄太の両親にとっては見ただけでも胃が萎んでしまう。

 その意識の差に気付き、天井はメニューに改善の余地があると睨んだ。つい昨日までは前店長が決めたことが絶対であり、勝手に変えてはいけないと考えていたのだから自分の変わり身の早さに笑いたくなる。


 小腹が空いたので、天井はエビフライサンドイッチを2つ作る。片方は自分用、片方は苦瀬用に作る。このような体験の機会を与えてくれた彼女に感謝の気持ちも伝えるためにも丁寧に作る。


 そもそも、このエビフライサンドイッチの誕生は憶測だが、きっと常連にだけ提供している裏メニューのような存在として考案されたのだろう。昔はその常連も若く、朝限定で頻繁に通ってくれていたが、何らかの理由で足を運ばなくなってしまうもメニューだけは残ったのかもしれない。

 この経験を得て、土日限定を来月も、さらに午後からも提供する実験を続行することを決めた。案外、現メニューに勝って人気ナンバーワンになるかもしれない。 


 風習、法律、言葉等の文化も昔からそんな風に曖昧に残っている。理由はわからないも、人間は親から、教師から、上司から言われたことを疑問を持たずに、例え持ったとしても律儀に守り続けているから、そんな曖昧な存在が色濃く現存している。時には時代に合っていない、効率を悪くするような文化すら伝統なんかになりえるのだから薄ら寒く感じる。歴史を辿っていけばそれなりの理由があるのに、人間は疑問と矛盾を無視して、とりあえず右に倣えで良いものだろうと悪いものだろうと遵守する。

 日本人は勤勉で真面目というが、天井はそうは思わない。正確には怠け者で律儀な性格をしていると思う。


 タルタルソースを通常より多めに入れたバージョンとソースを通常より多めに入れたバージョン、異なる二種が完成する。それを皿に乗せて、盆に乗せる。


「おーい、苦瀬ー。夜食だぞー」


 天井がホールに入ると、掃除を終えた苦瀬とマーガリンは向かい合って、四角のテーブルに座っている。テーブルの真ん中には指輪が置いてある。指輪といっても本物ではなく、中石、アームも全てプラスチックで出来ているおもちゃだ。

 天井はテーブルの端にお盆を乗せ、タルタルソースが多い方のエビフライサンドイッチを苦瀬の前に運ぶ。それに対し、苦瀬は軽く一礼してから口に運ぶ。


「雄太くんから結局貰ったのか」

「そうなんだけど……リンちゃん、受け取らないつもりらしい」

「へえ。そりゃなんで」

「本人から聞いてよ。私もまだ聞けてない」

 

 マーガリンは俯いていた。暗い表情で考え事をしていた。


「また何か矛盾でも見つかったのか」

「いえ違います。検索しても今の状況の対応が出てこないので困っています」


 天井は口で器用にエビフライだけをパンから抜き取って咀嚼する。


「まあそうだな。レアケースだし、ネットで検索しても正解は見つからないだろう」


 マーガリンには自分の思考がない。必ず辞書を引き、正解に一番近い言葉を見つけて、それに従うことしかできない。


「はい……ワタシはどうしたらいいのでしょう。マスター、指示をお願いします」

「自分で考えろ」

「……それが出来ないからマスターに判断を仰いでいます」

「それじゃあ言い直そう。勝手にしろ」

「ちょっと店長。いくらなんでもそれは無責任なんじゃない。リンちゃん困ってるよ」

「他人に判断を任せるほうが無責任じゃないか。店のことなら全責任背負う覚悟はあるが対人関係までは面倒見てやれん」

「……」


 苦瀬は珍しく黙り込んだ。否定していないからといえ、決して同意したというわけではない。


「何をすれば最善なのかわかりません。どうすれば雄太様もワタシもwin-winになれるのでしょう」

「別に最善じゃなくてもいいんじゃないか。どちらが片方傷つくのもいいし、お互い痛み分けでもいいし。最悪忘れるなんてのもありだな」


 忘却は時として、人として、最低な行為かも知れないが、横行している選択の一つだ。悪であり間違いでもあるが、外見としては幼女、実態としてまだまだ経験の浅い子供なのだから許される行為だ。


「ワタシは皆様と違って記憶の削除はできません……」

「それじゃあ、やっぱり行動に移さないとな」


 天井と苦瀬は知らない。マーガリンが何故ここまで深刻になっているのか実は全然知らなかった。二人は雄太くんはマーガリンのことを人間ではなくヒューマノイドだと知らず恋心を抱いてしまっていると憶測していた。それを話すべきか話さないべきかで悩んでいるのだと思っている。


「考えすぎることはない、自分がやりたいことをすればいい」

「そうよ、リンちゃんが考えて決めたことなら応援するから」

「……わかりました。明日また来店されるそうなのでその時にお答えしたいと思います」


 マーガリンは笑顔を見せる。その笑顔は儚げに映える。

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