マーガリンの成分表2
強化週間を経て、新しい月が始まり、ついに土曜日がやってきた。この日、エビフライサンドイッチが復活する。
店内のカレンダーをめくり、その前でマーガリンが新しいページを眺めながら満足げな表情を浮かべている。
開店一時間前。まだ開店していないというのに、苦瀬は残業を終えた後のサラリーマンのように疲れた表情を浮かべている。老人のように腰を曲げ、モップを杖代わりにして立っていた。
「長かった……本当に、長かった……」
「そこまで早起きが苦痛だったのかよ。少しくらい遅れても良かったぞ。今更言うけども」
「ほっっんと今更の言葉ですね、店長……」
苦瀬は店のガラスに自分の姿が写っていると気づくと、しゃきっと背筋を伸ばし、営業スマイルの練習もする。
「元気なのか、そうじゃないんだか……」
「店長。今日の私の姿、変わったところありませんか?」
天井の前でバレリーナのように、ふわりと一回転する。
「あぁ、変わったところ? ……靴を新調したか? あと腕時計も変えたか」
「え、あ、いや、そういう意味での変わったところじゃないんですけど……その、ありがとうございます」
本当は寝癖の有無やブラウスのシワの付き具合などを聞きたかったのだが、思わぬところを指摘される。さらに変化してる点がバッチリと当たっているものだから、思わず照れてしまう。
「大丈夫か、熱でもあるのか」
「そこまで些細なことに気づかないでください!」
「何だよ、人が心配してやってるというのに……」
「心配、といえばですが、店長。私にも心配事がありまして」
「何だ、突然」
「リンちゃんのことを気に入ってるお客様についてなんですが」
「あぁ、何でも今日にはエビフライサンドイッチを食べに来るらしいな。それが心配なのか」
「いえ、違います。そのお客様、どうも男の人らしくて」
「へえ、それがどうした」
「……犯罪の香りしませんか?」
「お前まだそれ気にしてたのか」
「だって、だってですよ? リンちゃん見た目幼女ですよ? それを気に入る男の人ってやばくないですか?」
「ま、まあ、確かにそうかもしれないが」
「しかも聞いた話によると、時々アルプス一万尺で遊ぶっていうんですよ? ヒューマノイドだからってお触り合法じゃないんですけど!? そういうのメイド喫茶で我慢していただけませんかって!?」
「考え過ぎじゃないのか?」
「そう思うでしょう? でもこの間、決め手になりえることをリンちゃんが話してくれたんです」
「何だ、言ってみろ」
苦瀬は深刻な表情を浮かべて報告する。
「…………指輪を渡されそうになったそうです」
その言葉をはっきりと聞き、天井は眉間を揉む。
「……それは床に落ちてから落とし物として店員のマーガリンに渡したってオチじゃないよな?」
「そんなジョークみたいな話じゃありません。ちゃんと明確にリンちゃんに渡そうとしたらしいですよ。リンちゃんは『チップはいただけません』って断ったらしいですけどそれにお客様は『これはチップじゃない』と言ったみたいです」
「指輪を落し物でもなければチップでもないのに渡す……となると、後は」
「プロポーズの意味合いが強いかと」
「……」
「……」
「……お巡りさん、待機させておくか?」
「いえさすがにそれは早計かと。なるべく、私がリンちゃんから目を離さないようにしておきますので店長にはキッチンに集中してもらおうかと」
「待て待て、いざとなったら男の俺が止めにかかったほうが良くないか?」
「店長がホールにいたら容疑者は警戒して入らないかもしれません」
ついにはお客様を容疑者呼ばわりするようになる。
「……そうだな。わかった、そうしよう」
「二人で何をコソコソお話されているんですか? ワタシも混ぜてください」
突然の干渉に二人はぎょっとする。
「な、何でもないぞ、マーガリン」
「そ、そうよ、別に何でもないのよ」
二人は慌てて仕事に戻る。その様子のおかしさに疑問を抱くもマーガリンも仕事に戻った。