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始動

 天井がキッチンで後片付けと明日の準備をしていると表口からドアを叩く音が聞こえた。同時に帰したはずの苦瀬の声もした。


「開けてー! 早くー!」

 

 暴漢に出くわしたのかと思い、仕事を放棄し、走ってドアを開けに行く。


「大丈夫か、苦瀬!」


 しかし、そんな心配をする天井をよそに、まるで開けてくれた飼い主に礼を言わず通り過ぎていく猫のように、苦瀬は店の奥へ走り去っていく。倉庫から物が崩れる音がして、しばらくすると轟音を立てながら台車を走らせて出てくる。


「ちょっと借りていくね! あと鍵閉めないでよ!」


 何がなんだかわからないままだが、天井は指示通りにドアを閉めないまま、入り口前で立っていた。鍵を閉めないでと言われたからにはきっと帰ってくるのだろう、と信じて彼女の帰りを待つ。

 五分ぐらいで暗闇の向こうから車輪の轟音が聞こえてくる。


「店長ー! 見てー! これで赤字回避よー!」

「そんなことより前見ろ、前!」


 台車は方向転換しづらい上、車輪の大音量から察するに今はかなり速度に達しているはず、そして台車の向かう先には僅かな段差があった。

 転ぶと思った時には台車の車輪は段差に引っ掛かり、躓いた。台車の上に乗っていた何かが吹き飛び、天井の足元に転がる。

 暗がりですぐに視認できなかったが、それは人型をしていた。大の男が夜分遅くに悲鳴を上げた。


「おま、おま、人を殺したのか!」

「そんなわけないでしょ! よく見て! これ、ロボット!」


 その人型はよく見ると人形のように関節に分け目がある。そして小柄な少女のように見えた。小柄な少女に見えたというのは、その人型ロボットが少女のようなワンピースを着ていたからだ。


「ロボットか、驚かせるな……いやおかしい、これでどこが赤字回避だ」

「これを店に飾って、ライバルとの差を広げるのよ! 目立つと思わない?」


 天井は眉間を揉む。こみ上げてきた痛みを和らげる。


「……いいか、苦瀬君。仮にロボットで客集めできたとしてもだ、これ、動くのか」

「……あ」

「今気づいたのか。まあ気持ちは嬉しいけどすぐに戻してきなさい」

「嫌よ! 雨に打たれて可哀想じゃない!」

「捨て猫じゃありませんし、今日は雨は降っていません」

「みんな持ってるんだよ、◯っぱーくん」

「◯っぱーくん置いてる店なんか携帯ショップしかねーよ、携帯ゲーム感覚で持つな」

「一応動くかどうか確かめましょうよ。お店借りますね」


 議論を放棄し、ずかずかと店内に上がり込む。天井は大きいため息をこぼしながら、横転した台車を戻す。直したはずの車輪が外れていて、さらにため息をこぼす。

 これは一度心を鬼にし、一喝してやらねば。そう決心し、台車を肩に担ぎ、店内に戻る。


「苦瀬。人形遊びはほどほどにして説教を」


 天井は言葉がそこで止まった。苦瀬が人型ロボットの服をひん剥いて電源スイッチを探していたため、思わず目を逸らした。人型ロボットは人形と呼ぶにはどうも人に近い姿をしている。外装がもう少しロボットめいていて、見るからにプラスチックのように見えてくれていたら良かったものの、限りなく肌に近い素材で包まれている。


「店長、何やってるんですか」


 苦瀬は対して羞恥を感じていない。小さい頃に人形遊びを経験したからなのか、それとも同姓だからなのか。


「背中にボタンありそうなもんなんですけどね……ちょっと見当たらないですね」

「そんなものなのか? それともお前の感性がおかしいのか」


 天井は苦瀬を見倣い、人形として見るように務めるもやはりどうも目のやり場に困る。

 苦瀬は人型ロボットを仰向けにする。この時になり、天井はようやく人型ロボットの顔をよく見られる。口周りはどこぞのドラムを叩く人形のように顎と下唇が連動して動くような構造はしておらず、やはり人と見間違うほど、よく出来ていた。顔立ちは苦瀬よりも幼く、身体も年に合う小ささをしている。

 衣類の隙間からヘソが見えた。凹んでいるヘソが何やらデジャヴを感じさせる。


「あーそういえば、携帯機器にこういうボタン付いてるよな」


 へそを指差しながらの発言に苦瀬は本気で引く。


「え、何、あんた、へそフェチ? そういう特殊性癖? きも……」

「おい! なんでそういう話になるんだよ! 今はこいつの話に集中しろよ」

「目の付け所が違うわね、変態は……」

「わからないだろ! ここが電源スイッチの可能性だってあるだろ! 見てろ!」


 やけくそ気味にヘソに人差し指を突っ込んだ。感触はPCの電源スイッチを押す時と似ていた。


「あ、ヘソがスイッチだったっぽい……」

「嘘でしょ! 作り主、どんな変態よ! そしてそれがわかる店長もやっぱり変態だわ!」

「作り主と一緒にするな!」

  口喧嘩をしてると人型ロボットは突然目を開く。目の奥で光が灯り、小さな文字が瞳の中で流れる。


「初期化を始めます……指紋認証、完了……起動します」


 人型ロボットが突如起き上がる。膝を曲げずに上半身だけが起きる。


「位置情報、取得……回線、良好。通信開始……同期が完了しました、メインシステムを起動します」


 しばらく黙った後に、人型ロボットは瞼をぱちくりと動かす。人間のような、不気味さを感じさせない自然な瞬きだった。首を動かす。一緒に肩、腰と連動し、やはりこの動きも滑らかで自然だった。苦瀬、天井の順で顔を見る。特に天井の瞳をよく見つめていた。


「な、なんなんだ、お前……」


 その問いに答えようとしてかロボットの口が開く。血色の良い、柔らかそうな、よくできた唇が動く。


「問おう。貴方が私のマピーーーー」


 言い切る前に突如、電子音が走る。


「バッテリー残量が残り僅かです。省電力モードに入るため、パフォーマンスが低下します」


 そう言ったきり、ロボットはうんともすんとも言わなくなってしまった。瞬きは以前と続いている。

 天井と苦瀬もしばらく無言になる。店内は音楽を止めてあり、無音でもあった。

 また古時計が鳴る。鳴り終わると苦瀬がまず喋りだす。


「……店長」

「……なんだ」

「……ごみ捨て場に行って電源ケーブル探してきます」

「帰れ!!!!!!!!」


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