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眷恋のプレリュード4

 苦瀬が席に戻り烏龍茶を飲んでいるとステーキが運ばれてきた。鉄板の上に重厚感のあるステーキだけでなく、コーン、ほうれん草、皮が残ったフライドポテトも乗っていた。運んでくれたのは先ほどの女店員ではなかった。ホールを見渡すと彼女の姿はなく、すでに退勤しているのかもしれない。結果も知らせずに帰ってしまうとは薄情な奴だと思いながら、フォークとナイフを握る。結果を知ってから食べようと思っていたが、空腹に耐えられずに一切れを口に運ぶ。さすが高級感を売りにしてるだけあり、肉は柔らかくてジューシーだった。


 咀嚼をしていると目の前に誰かが座る。母親かと思い、顔を上げると知らない人が座っていた。

 耳にはピアスし、芳香剤のような香りを振りまいている。見た目がヤンキーそのもので目の前に座られたのに咄嗟に一声も掛けられなかった。

 さすがに烏龍茶まで手を出された頃に、ようやく鈴虫ぐらいの音量の声を絞り出せた。


「あの……待ち合わせする人……間違えてません?」


 正しいことを言ったはずなのに、目の前の女性は睨んでくる。


「さっきのお守り、無事に渡せたってよ」


 ヤンキーの言うことは何となくわかったが、全然わからない。


「……え、えと、なんでそれを?」

「……わたし、さっきの店員」


 言われて、ようやく気付く。目と鼻の輪郭が女店員によく似ていた。


「あぁ、さっきの……」


 しかし似ているのはそれだけで、他は全く似ても似つかない。口調も物腰も違う。全体的に天使のように清楚だったのに堕天使のように凄烈だった。


「さっきの!?」


 驚愕しているうちにヤンキーは使ってないスプーンを掴み、ステーキの脇に添えられたコーンを掬う。

 

「ちょっと、何勝手に食べてるんですか!」

「腹が減ってるんだ、さっきまでマネージャーに怒られてたんだぞ」

「え、あなたと天井さんがですか」

「いや、天井だけ」

「じゃあ食べるな!」


 手首を掴んで止める。ヤンキーのおふざけはそこで止まった。


「でも天井が怒らえるだけで済んだのはわたしが庇ったからだよ。わたしにも迷惑がかかった。どこかのお節介で空気の読めない世間も知らないJCのせいで」

「……ほうれん草、食べます?」

「お、悪いね。気を使わせちゃって。あ、今のJCってのは砂利嬢ちゃんって意味ね」


 ヤンキーはフライドポテトに手を出し始めた。苦瀬は睨むことも出来ずに愛想笑いを浮かべる。


「おばあちゃんね、駅前のバス停にいたってさ。土砂降りのおかげで遅れて間に合ったって」

「わぁ、それは良かったです」


 苦瀬は手を叩いて喜ぶ。


「その代わり、天井はびしょ濡れだ」

「それは……すみません」


 苦瀬は手を膝において頭を下げる。


「謝ることはない。濡れたのは天井が傘を持たずに突っ走ったのが原因だ。気にするな」


 ヤンキーは煙草の箱を取り出すもテーブルが灰皿がないこと、さらに周囲を見渡し喫煙席ではないことを確認すると大人しく仕舞った。


「でも……」

「そんな気まずい顔するなら最初からお節介焼くな。お前もあいつも親切なのはいいけどさ、周囲には迷惑かけない程度にしろ。わたしたちは所詮歯車なんだから、外れるようなことしたら戻れなくなる」

「……外れるなんてイヤですよ、そんなの」

「嫌いも好きも関係ないんだよ。社会がそうならそう。川を上ると下るならどっちが楽だ、砂利嬢ちゃん」

「……下る方です」

「そう。長いものには巻かれとけ」


 言いたいことが済んだのか、ヤンキーは椅子から立ち上がる。苦瀬は止めない。そもそも待ち合わせしていないのだから止める義理はない。

 ヤンキーの言うことに苦瀬は静かに肯定する。


「……はい」


 苦瀬にはヤンキーの言うことが痛いほど理解できた。誰もが好きで仕事をやっているわけではない。

 生きるために気の知れない仲間たちと一括にされて望まない行動を強いられている。彼女は学生身分であるためにそれに対して莫大な恐怖を抱いている。今の安穏とした生活から放り出され、生きた心地のしない、まるで機械のような人生を歩んでいかなくてはいけない。

頭ではわかってはいるが否定はしないが、それでも、彼女は呼び止める。


「でも……」


 膝に置いてた手がアイロンがかかったスカートを握りしめてシワを作る。


「……夢を持つ自由はありますよね?」


 人間は足も手もなく流されていくだけの砂利ではなく、魚でありたいと思う。どんなに川が急流だろうと狭かろうと、遡ってはいけないわけではない。滝に出くわしてもその上を睨んでいけないわけではにない。儚い夢のような理想を抱いていけないわけではない。

 

 苦瀬の言葉にヤンキーは足を止めて、笑顔を浮かべる。制服を着た時に浮かべる作り物ではなく、心から湧く自然体な笑顔だった。


「よく言った、小娘。ご褒美にお姉さんが良いことを教えて進ぜよう」


 引き返して来て、テーブル上の紙ナプキンに漢字を書き始めた。見た目と裏腹に書き順は正確で、雅な造形をしている。


「よく言葉遊びであるだろ、人の夢とかいて儚いと読む」

「……夢を持つなってことですか」

「話は最後まで聞け。でも夢つったら、そもそも現実に存在するか? むしろ人がくっついたことで儚いにまで現実味を帯びたと思わないか?」


 屁理屈そのものであったが、苦瀬にはそれに嫌悪を感じずにむしろ共感を抱く。


「人にはそれだけの力があるんだ。もっと集まって力を合わせればもっと現実に近づいてくる。夢を叶えたければまず仲間を探しな。夢を共にできる仲間を探せ」


 ただの店員と客の関係では済ませないほど、二人の間の空気は研ぎ澄まされていた。昂揚した苦瀬はこの空気を忘れたくなく、手放したくなく、夢を共に出来そうな仲間に問う。


「……その仲間に、お姉さんは入ってくれますか?」

「え? 嫌だよ。お前頭悪そうだし」

「……私の感動を返してください」

「言っただろ。わたしは教えるまで。手伝うほどお節介ではないよ」

「えー、ちょっとくらい、いいじゃないですか」

「そうか、じゃあお前がわたしの手伝いしてくれるか?」

「……夢に撚りますけど」

「そういうこと。自分の時間と体力を賭ける価値のある仲間を探せよ」


 やや乱暴に話を切り上げて、ヤンキーは今度こそ退散する。振り向きはしなかったけれど肩越しに手は振っていた。

 その後ろ姿に苦瀬は、


「ロックだなぁ……」


 そんな感想を抱いた。

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