眷恋のプレリュード2
苦瀬いちごは待ち合わせのファミレスに前に着くも、抜歯の手術を予約した歯医者の前にいるように入店を躊躇っていた。しかし中から流れてくる料理の香りには逆らえなかった。ウツボカズラに捕まるハエの気持ちがよくわかる。
入店すると対応しに黒いエプロンと白シャツで清潔感のある制服の店員がやってくる。見事なにこやかな笑顔を見せる。
「1名様で宜しいでしょうか」
「はい、1人です。あ、でももう一人と待ち合わせします」
「かしこまりました。窓際のお好きな席をどうぞ」
窓際には窓に垂直になるように二人用の席がずらりと並んでいた。苦瀬は窓を背にして椅子に座る。その際に隣の席の傘が足にかかってしまい床に倒れる。
「あ、すみません」
自分の足に水がかかったものの、苦瀬は謝りながら傘を拾う。手に取ると傘の振りまく上品な漂いに気付く。手元は竹のような節があり、傘の柄の赤色と金色と色彩鮮やかで、また表と裏では柄が違う。傘を細く纏めるバンドの柄も表と裏とも違う。高級感の溢れる傘だったが、そのせいで手元にストラップのようにくっついた汚れたお守りがますます見窄らしかった。防水のためか、小学生の名札のように透明のプラスチックのケースに入っているも中には埃と土埃で汚れていた。
「わざわざ、ありがとうね」
傘の持ち主、隣の席は老婆だった。髪、皮膚は白髪と日焼けをしてなく真っ白でお嬢様のようで傘の持ち主にふさわしいと言えるマダムだった。
「これね、旦那が買ってくれた傘なのよ」
微笑ましい、たわいない世間話が始まる。
「へぇ、それは良かったですね。今日も待ち合わせされてるんですか」
「今日は旦那の葬式だったのよ……」
痛ましい、かける言葉のない話が始まる。
老婆はお守りを手に取り、
「このお守りはね、元々わたしが旦那に買ってあげたものなの。車で送り迎えしてもらうことが多かったから安全でいてもらうようにね」
それから老婆は二、三個、思い出話をした頃に時間が随分経ったことに気付き、荷物をまとめ始める。
「お話付き合ってくれてありがとうね、ばいばい」
伝票を持って老婆はレジに向かった。老婆に申し訳ないが、苦瀬は長話に解放されてほっとする。まだ注文を頼んでおらず、空腹と喉の乾きを我慢するのは大変だった。
ようやくメニューを開ける。お金は母親が持ってくれるのでいつもは絶対に頼まないようなカレーとステーキとドリンクバーを頼んだ。