眷恋のプレリュード1
その日は風が弱く涼しかったが、記録的豪雨だった。水滴の銃弾が駅前のアーケード街の防衛線を突破しようと何兆回も小突いている。その中、苦瀬いちごは携帯電話に耳を接着させて騒々しい雨音の中から口うるさい母親の声を拾う。
「えぇ……あのファミレスで待ち合わせするの? 私あそこ好きじゃないんだけど」
「お母さんは好きよ、ポイント溜まってお得だから」
「どこに行ってもあるお店じゃん、他が良い」
「お金は誰が払うと思ってるの」
「そ、それは……うーん……」
苦瀬は返す言葉が見つからず空を仰ぐ。この頃の彼女は中学生で小遣いをろくに貰えていなかった。今も使っている現代社会の必需品の使用料金も全て親持ちだった。
「はい、決定。切りまーす」
苦瀬の母は言い終わる前に電話を切る。強引な母親に呆れつつ、携帯電話を制服のポケットにしまいつつ、待ち合わせのファミレスに向かう。
母親が車で迎えに来るついでに夕食も済ませてしまおうと言う寸法だった。父親が仕事で帰りが遅れるらしいのでこっそりと美味しいものを、そして料理の手間が省けて一石二鳥だった。
駅と家はそんなに離れてはいないが、傘を持っているが、悪天候を懸念した母が車を出してくれる。心からの気遣いなら有り難いが口止め料にも思えて素直に喜べなかった。