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旧友との戯れ

 とある日、安酸が店に遊びに来ていた。その時店内で店員以外は彼だけだったために天井もホールに出ていた。


「お前以外にお客様がいたら引き篭もる理由があったのにな」

「おいー久々に来てやったのに辛辣すぎるぜー。ちゃんと接客してくれよ」

「……お客様、エビフライサンドイッチ20個で宜しいでしょうか」

「テイクアウト可能なら是非お願いしたいところだな」

「かしこまりました。マーガリン、奥からこの店で一番大きな容器持ってきて」

「冗談だよ! 今、健康診断前だから減量してるんだよ!」

「え、大食い選手権の練習がしたい?」

「どうしたらそういう聞き間違いになるんだよ!」

「すみません、こちらの見間違いでした……」

「あー、それなら仕方ないですね……って、なるか!」

「おぉ……ノリツッコミ、ワタシ初めて見ました」


 マーガリンがキッチンから容器を持ってきていた。


「あぁ、マーガリン。一番大きな容器とは言ったが、まさか寸胴鍋を持ってくるとは思わなかったなぁ」

「すみません、間違ってましたか?」

「いや、いいんだ。悪いけど元の位置に戻してくれ」

「はい、かしこまりました」


 マーガリンが自分の丈に近い寸胴鍋を軽く持ち上げるとしっかりとした歩調でキッチンに戻っていった。


「あの子、本当にヒューマノイドなんだな」

「あぁ、どうもそうみたいだな」

「誰かから譲ってもらったの」

「……えーとな」


 さすがにごみ捨て場から拾ってきたとは言えず、返答に困る。


「……まあ、いろいろだ。そんなことよりお前どこで働いてんだ。というか働いているのか。平日の真昼間から私服で喫茶店にいると無職にしか見えない」

「今日は非番なんだよ」

「当番制なのか」

「そうだよ、今は交番勤務さ」

「へぇ…………え、警察?」

「そうだよ」


 マーガリンをどこで拾ったか話さなかったことを天井は今日一番のラッキーに思う。

 事情を悟られないためにも、ぎこちなくない会話を続ける。


「へぇ……そりゃ……まあ…………似合わないな」

「率直な感想ありがとよ!」

「す、すまん、悪気があったわけじゃないんだ」

「つまり本気なんだな!? 本気で思ったんだろ!」

「す、すまん」

「まあいいよ、自覚してるから。先輩からも『お前はどちらかというと刑務所に入れられる方だな』なんて言われたことあるよ」

「うわぁ、そりゃ辛いな……」

「あぁ辛いよ。公務員だからって待遇が良いわけじゃないし。この間なんて職質したら切れられちゃったよ。お前らは一体何様なんだってさ。開き直りたくても開き直れないし、ストレス貯まるよ」

「あぁ、だから、今みたいな体型に?」

「いんや。これは幸せ太り。今の仕事続けられるのも頑張れるのも家内のおかげだなぁ……」

「へぇ……そりゃ……あ? お前、今何歳だ」

「君と同じ24だよ」

「え、な、もう? もうなのか!? お前がか!?」

「何がさ」

「お前もう結婚してんの!!! なんで言わないんだよ!!! 知らなかったぞ!」

「あぁ太ってから婚約指輪してないし、この間も接客しててゆっくり話す機会なかったし、初めて話すし」

「うわぁ、なんかショックだ……いろいろと……なんで教えてくれないの」

「それはこっちのセリフだよ。君こそなんで教えてくれなかったのさ。引越し先の住所に、電話番号まで変えて。SNSもやってないから、皆死んだんじゃないかって噂になってるよ」

「あ、確かに……それについては謝る。すまん」

「君こそ卒業してから、何があったのさ。凶悪な顔がさらに凶悪になってるし」

「……まあ、いろいろだ。そんなことより奥さんとはどこで会ったんだ」

「……教えられないね」


 安酸はそっけなくなる。あまり見ない彼の態度に天井は戸惑う。さすがに失言を繰り返しすぎたかと思い、謝ろうとするが。


「そんなことより、君が心配だよ。一体何があったんだい」


 全体的にぽてっとした、だるみきった見た目をしていたが、彼の目は真剣そのものだった。彼は友情から、正義感から旧友を心配している。

 それに気付いた天井は貴重な友人を持てたことを幸せに思いつつも、彼を裏切る。


「いろいろだ。いろいろあったんだ」


 安酸が暴露主義なら、天井は秘匿主義だ。友人がいくらか開示しても自分をさらけ出そうとしない、ある意味の卑怯者だった。


「変わらないな、お前は……」

「お前が変わり過ぎなんだよ。たった二年で夢を叶えちゃうし、結婚しちゃうし。俺の知り合いの中で間違いなく一番の幸せもんだよ」

「それじゃあお前は一番の不幸もんか? 今は辛いのか」

「俺か? そうだな……辛いと言えば辛いかな……」


 眉間を揉みながらここ二年を振り返る。珈琲一杯を飲んでるうちには語り尽くせないほど、さまざまなことがあった。思い出すたびに空っぽの胃に珈琲を流し込んだ時のような痛みが生まれる。

 流されに流され、気づいてみれば喫茶店の店長に行き着くのだから自分の人生は奇妙に違いない。そして苦瀬とマーガリンが自分のもとに集まって、一日一日を何とか乗り越えてる日々に余裕なんてものは存在しない。今もこうやってまったりと旧友と話せているのも奇跡に近い。休みも少なく、自分の時間なんて皆無だ。

 

「前の職場のほうが楽といえば楽だったが……でも」

「でも?」

「今のほうが断然楽しいよ」


 天井は屈託のない笑顔を見せた。悩みが一つもない、というよりもどんな悩みが来ても怖気づかない、そんな風に見えた。

 天井のその笑顔を学生時代に苦楽を共にしてきたはずの安酸は知らない。彼の知っている笑顔よりも目の前の笑顔は稚気が抜けて精悍さがあった。


「……知らない間に逞しくなりやがって。寂しいな、おい」

「どう見ても逞しくなったのはお前だろ。瞼に脂肪が溜まってるんじゃないか」

「はいはい、そういうことにしておきますよ。なんか飲みたくなってきたな。ここ、お酒置いてないの」

「喫茶店だ。居酒屋行け」

「珈琲リキュールもないの? カルーアミルクは?」

「当店では取り扱いしておりません」

「へぇ、そう。あ、マーガリンちゃん、お小遣い上げるからお酒をだね」

「未成年に何させとんのじゃ」


 安酸の頭に手刀が叩き込まれる。この前の鳩尾への執拗な攻撃より幾分か愛情があった。


「久々にゆっくり話せたんだからちょっとぐらい祝杯いいだろ」

「良くないわ。お前は非番でも俺は仕事中だ」

「それじゃあマーガリンちゃんにお付き合いを」


 再び手刀。


「それじゃあマーガリンちゃんじゃないほうの」


 今度はグーが落ちる。


「今の僕の気持ちを慰めてくれるのはお酒しかないんだよぉ……」


 痛む頭を撫でながら駄々をこね始める。


「まだ昼だぞ、我慢しろ」

「いや実は朝の時点で我慢できなかったりする」


 言われてみると安酸の顔はほんのりと赤い。


「うわぁ、平日の朝から飲んでるの……」

「僕にとっては休日と変わらないさ」

「朝からのところも何とか否定しろよ」

「警察になると夜勤もあるから呑む時間帯は決まってないのさ」

「忙しいんだな……それだと奥さんとも一緒に入る時間限られてくるんじゃないか」


 まだお冷が残ったコップが床に落ちる。安酸が少し涙目になる。


「……あぁ、図星だったか」

「辛いのわかるか? わかるだろ? だから酒ください」

「酒の代わりにエビフライサンドイッチをタダで好きなだけ食わせてやるよ」

「お、マジでいいの?」

「店長の俺がいいって言うんだからいいんだ。何個がいい?」

「十個でお願いします。全部テイクアウトで」

「ちょっとは遠慮しろ! 健康診断前なんだろ!」

「いやー半分以上は食べるの家内だよ。エビフライ好きだから一晩で食べられると思うよ」


 調子よく、安酸の妻へのご機嫌取りに利用される羽目になる。

 それにしても一般の女性がエビフライサンドイッチを十個も一晩で食べられるのだろうか。


「……おい、まさか……奥さんの写真あるか? 見せて欲しい」

「いいよ。スマホの待受でいい?」


 安酸は一度立ち上がってからポケットからスマートフォンを取り出す。ストラップには指輪が括りつけられている。指を画面で滑らせ、ロックを外す。待ち受け画面は綺麗に片付き、アイコンの数が少なく、安酸の妻の全貌をはっきりと視認できた。


「お、お前……これは、あれだな……」


 素直な感想を述べそうになるも、何とかオブラートに包んだ言葉をひねり出す。


「…………まるで、牛だな」

「失敬な。どう見たって人だろ」


 約6インチの画面には枠を埋め尽くしてしまうほどの巨体な女性が映っていた。


【予告】次の更新は日曜日になります。

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