事件
朝日が昇る。さわやかな風が、部屋のカーテンをふわりと揺らした。
俺はゆっくりと体を起こす。
「さてと、リディを起こしに行くか・・・」
俺は手早く身支度を整えると、ドアノブへと手を掛ける。
そのドアノブを押す一足前に扉が開いた。
「うわっ・・・!」
ドアの前から前のめりに倒れてくる人物がいた。俺は慌てて受け止める。その人物は今から起こしに行くはずだったリディだった。
「リディ、おはよ。どうしたんだよ、そんなに慌てて」
俺の姿を確認すると、リディはガッと俺の肩を掴んで騒ぐ。
「た、大変なんだ!!アイリスが・・・アイリスが!」
「お、おいおい。落ち着けよ。アイリスがどうしたんだよ」
息も絶え絶えなリディをなだめつつリディの言葉を待つ。少し、落ち着いたようで、静かな言葉で俺に告げた。
「アイリスが・・・攫われた」
その言葉に、俺は血の気が引いていくのを感じた。
俺達はすぐに昨日の館へと向かった。別に館自体に目立った外傷はない。だが、門番の兵士に話を聞くと、アイリスの部屋はひどく荒れているそうだ。昨日の晩、何者かがアイリスの部屋に侵入してそのままアイリスを連れ去ったらしい。
そして、その犯人が逃走する際に乗っていたのはドラゴンだったという。
「召喚士か・・・」
リディが忌々しそうに呟いた。
「召喚士?」
「ああ。元々数が少ない職業だ。自身は剣と、召喚した魔物を使役しながら戦うそうだ。俺も実際に見たことは無いがな。だが恐らく、それほどの人間であり、今アイリスを攫う理由がある者はティール帝国の者と見て間違いないだろう」
リディの説明にさすがだな、と感心しながらも、いよいよ大事になってきたと考える。ましてや、アイリスが攫われたとなれば、この街だって黙っちゃいないだろう。
そんなことを考えていると、リディがすたすたと歩き出した。
「ミシェル、行くぞ」
「は・・・?い、行くってどこへ」
いや、わかってる。リディが言わんとしてる事は。でも、聞かなければ。もしかしたら、俺の予想を裏切ってくれるかもしれない!
「決まっているだろう。アイリスの救出だ」
「・・・ですよねー」
見事に裏切ってくれなかった・・・。
確かに俺だってアイリスは心配だ。だが、それ以上にリディの事だって心配なんだ!
救出ってことは敵国に乗り込みに行くんだぞ!?捕まったら間違いなく殺される!
「リディ・・・考え直しちゃくれないか?」
「なぜだ。もともと、ラーグの救出をしに来たのだ。予定通り。何も問題はないだろう」
「いや、そうだけどさ・・・最初の予定と変わって、こっちで戦うんじゃなくて、敵意を持って乗り込むんだぞ!?失敗したら終わりだ!」
「そんなことなら心配ないさ。失敗しなければいい」
どんな理屈だ、オイ。失敗したときのリスクは完全に計算に入れてないよ、この人。
・・・まぁ、でも。一度言い出したら聞かないのがリディだ。仕方ない。俺が命に代えてでも守ればいい話。なんとかなるか・・・。俺もリディと関わるようになってから、少々無茶をするようになった気がしなくも無いが、その辺は気にしない方向で。
「・・・わかった。ただし、無茶だけはしないでくれよ」
ここにいる時点ですでに無茶なのだが。
「当たり前だ。お前に迷惑はかけられないからな」
リディはふわりと微笑むと、噴水門へと歩き出した。俺もあとに続く。
だが、一つ忘れてはならないことがある。
それは、俺がまだレベル5だという事。リディ一人ならまだしも、俺というお荷物を抱えて、敵陣へと乗り込むのだ。
命に代えてでも守ると、心の中で決意したが、早々にその考えは崩れ落ちる。
「・・・俺、いない方がいいだろ」
俺のむなしい呟きは、風の音にかき消されて、リディに届く事はなかった。