それぞれの気持ち
アイリスの家は、さすがというべきか、かなりでかかった。シゲルの貴族層でもなかなかこれほどの大豪邸を持っている者は少ない。噴水がそこらじゅうにあり、まさに水の街というに相応しい館だ。
アイリスが門番と話すと、俺達の元へと戻ってきた。
「困ったわね・・・さっきお父様がシゲル国へと発ったそうよ」
「な、なんだって!?」
「・・・恐らく協力要請のためだろう。完全に入れ違いになったようだな」
「悪いけど、館の中には入ることができないみたい」
アイリスが溜め息をつきながら言った。俺は、今のうちにリディに聞いておかなければならないことがあった。今がそれを聞くチャンスだろうと思い、意を決してリディに聞いた。
「リディ、これからどうすんだ?」
「・・・どうする、だと?」
リディは俺の問いに困惑した表情を浮かべている。やっぱり。決めてなかったのか。いや、考えないようにしていた、というべきか。
「アイリスの無事が確認できた以上、これからすることも無い。街はアイリス一人で守れる。つまり俺達が介入する必要は無いってわけだ。このまま明日にはシゲルへと戻る。それでいいな?」
頼むからこの条件を飲んでもらえないだろうか。でなければ、俺の寿命はどんどん縮む。命がいくつあっても足りない。
「・・・ああ。構わない。無事で安心したよ、アイリス」
その回答に内心安堵する俺だった。
「あら、久しぶりに会ったのに、もう明日には帰っちゃうのね。少し寂しいわ」
「事態が落ち着いたら、また来るさ。今夜はその辺の宿を取ろう。ミシェル、お願いできるか」
「わかった。俺が宿を取ってくるから2人はそこで話していればいい。すぐ戻ってくる」
俺は宿を取りに宿屋を探した。
やっとの事で宿を取り、元の場所へ戻ってくると、木刀と木刀のぶつかる音が聞こえた。
庭を見ると、アイリスとリディが木刀で打ち合っていた。互いに表情は生き生きとしていた。
やはり、そういう性分なのだろう。ここまで熱中できるものがあるのに、それをさせないのは、いささか心苦しいものがあった。だが、リディにも立場というものがあるのだ。それを理解してもらわなければならない。
やがて打ち合いが終わって一息ついたリディがこちらを向いた。
「ミシェル、戻っていたのか」
「ああ。宿、取れたぜ」
「そうか。・・・アイリス」
リディは名残惜しそうにアイリスを見る。アイリスは微笑んだ。
「またいらっしゃい。次にあなたが来たときには歓迎パーティでも開かせてもらうわ」
「ありがとう。・・・それじゃあ、ミシェル。行こうか」
「ああ。邪魔したな、アイリス」
「構わないわ。こちらこそごめんなさいね。あなたを鍛え上げられなくて」
「気にすんな。また会えたら、そん時に頼むから」
俺は軽く手を上げて挨拶をすると、宿へとすたすたと歩き出した。
「リディ・・・悪い」
俺は堪え切れなくなって、宿への道中ポツリと呟いた。リディは不思議そうに俺を見る。
「なぜお前が謝る?」
「俺・・・お前のやりたいことをさせないようにするのが仕事だ。正直言って・・・辛い。お前みたいに憧れているものがあり、それに向かって努力をしているのに、無理やり別の道に引っ張ってるんだ。本当に・・・悪い」
「・・・俺は、お前がいてくれて本当に良かったと思っている。さっきも言っただろう。お前がいてくれたから、俺はアイリスの元までやってこれたのだ。本当に感謝している」
「リディ・・・」
「それに・・・俺だって、今自分が何をしなければいけないかを理解している。城に戻ったら、王女らしくなるように努めるさ。言葉遣いも少しづつ直していくし、剣だって、諦める。だから、この旅が、俺の騎士への気持ちの整理をするためのものにしたいんだ。今だけは、騎士にさせてくれ」
俺はその言葉に何も答えられなかった。確かにそれで王女は立派な王妃になる。それが最終目標でもあった。
だが、本当にそれでいいのか?まだ、何かやり残している事があるんじゃないのか?
(なんなんだよ・・・このスッキリしない気持ちは)
そこからは互いに一言も話さずに宿へと向かった。
俺は一人、部屋のベッドで寝転がる。さすがにリディと相部屋なんてことはできないので、リディは隣の部屋にいる。
頭の中ではぐるぐると同じ事が回り続けていた。
リディの意思を無理やりに曲げていいのか?本当に他に方法は無いのか?
考えても考えても浮かばなかったが、今のままではいけない気がした。結局最終的に女性らしく振舞うということは変わりが無いが、そこまでの道のりに問題がある気がしてならなかった。
「どうすりゃいいんだよ・・・くそっ」
色々頭を使ったからか、急速に眠気が襲ってきた。
俺はそのまま眠りについた。
「私、か・・・」
リディは呟く。
「どうにも慣れないな。・・・この剣も、アイリスの元へ置いてくれば良かったか。ああ、いや、そうしたら、帰りの道中が危険か」
自嘲気味に呟いて、ベッドにもぐる。自らの体温で、生暖かくなった毛布が、逆に居心地が悪かった。
「わたしは王女だ・・・わたしは王女だ・・・」
ひたすらぶつぶつと呟く。それでも、その言葉が脳内に定着する事はなく、悲しくなっていく一方だった。
とうとう、その目から堪えきれずに、一筋の涙がこぼれた。
リディは一晩中、人知れず泣いていた。