水の街ラーグ
「やっと、出発か・・・長かったな」
リディが溜め息混じりに言う。時間的には短い間だったが、一度同じ道を逆戻りするということは、確かに精神的に長く感じてしまう。
「何はともあれ、やっとラーグに出発できるんだ。これからが本番だぞ」
リディはその俺の言葉に頷く。そして、レイピアを抜いて、レイピアの状態を確かめるように見ると、また鞘に戻した。
「ああ。分かっている。草原は魔物も出るからな。ここからは自分の身は自分で守れ。俺もお前が危険なときは駆けつけるようにするが、基本は自分のことで手一杯だ。実戦は俺も初めてだからな。命の保障はできない」
「わかってるよ。てか、王女様に守られる教育係なんてかっこ悪いだろ?自分でなんとかするさ」
ホント、シャレにならないからな。どっちが護衛役か分からなくなるよ。
「ああ。だが無理はするな」
それだけ言うと、王女は行くぞ、とすたすたと進んでいった。俺も急いで追いつく。
どんどんとシゲル国が後ろに遠ざかっていく。寂寥の念がこみ上げない事も無いが、あまり良い思い出がなかったからか、そこまで切なくはならなかった。
それよりも、これからの旅への期待や不安が心を満たしているということが自分でも分かった。そして、それはリディも同じだろうということも。
俺は、思わずリディに話しかける。
「なぁ、リディ」
「ん?どうした。まさか、また何か忘れたわけじゃないだろうな?」
「いや。・・・これから頑張ろうな」
その言葉に、リディは少し驚いたようだったが、ふわりと微笑んだ。
「ああ、頑張ろう」
こうして俺達はまた歩き出した。
しばらく草原を歩き続けていたときのことだった。リディがいきなり呼び止めた。
「待て・・・何かいる」
「は?嘘だろ?」
このあたりはそこまで草も高くないので、何かが来たらすぐに警戒できる場所だ。いくら俺でもそうそう見逃すはずは無いと思うのだが・・・?
だが、次の瞬間いきなり目の前の空間が揺らめいたかと思うと、目の前に水晶型の魔物が飛び出してきた。
「う、うわっ!?」
「ミシェル、剣を抜け!来るぞ!」
そう言いつつ、リディが後ろでレイピアを抜いた事が分かった。俺も不恰好に剣を抜く。次の瞬間、俺の隣をリディが飛び出していった。
「っ!?リディ!危険だ!」
俺がそう叫ぶもリディは止まらなかった。それどころか俺に叫び返す。
「お前こそ危険だ!コイツはレベル5程度の奴じゃ太刀打ちできない!今は下がっていろ!」
「れっ、レベル5・・・」
さ、刺さる。言葉が刺さる・・・。言葉って刃物だったんだなぁ・・・。
確かに見るからに固そうだし、なんか水晶だし、見るからに「魔法とか使いますが何か?」って外見だし、俺が太刀打ちできないだろうことは目に見えている。だがしかし、それでいて王女を、姫君を戦わせるというのは男として悲しくなってくる。
その頃、リディは一瞬にして魔物の懐に入る。おお、さすが俊敏さ300。そして、一瞬のうちにしてレイピアを敵へと突き刺す。たちまち敵は動かなくなった。やがて、光の粒子になり消える。それを確認するとリディはふぅ、と息をついてレイピアを鞘へ戻した。
「終わったな。何事も無くてよかった」
「あ、ああ。今の魔物は?」
俺が恐る恐る聞くと、リディは髪を掻き上げ、疲れたように言った。
「参ったな。まだ国を出てからそれほど経ってないというのに、あれほどの魔物が出るとは・・・。あいつはウィザードクリスタルといってな、見ての通り魔法を使う。斬る攻撃はほぼ効かん。だが、突きの攻撃はそれなりに効くようだ。だから、俺のレイピアは相性がいいんだ」
「じゃあ、何か。俺はレベル5の挙句に武器が剣だから歯が立たない、と」
「その通りだ」
・・・ぐすん。そうきっぱり言われるとさすがに心が折れる。
「レベル5だからと恥じる事は無い。最初から強い者など、存在しないさ。レベルが何だ。お前は俺よりも素晴らしい心を持っているではないか。レベル5なんて気にせず、胸を張っていればいいんだ」
「レベル5、レベル5って連呼しないでくれよっ・・・!」
これ以上俺の心を折らないでくれ。そろそろ心が複雑骨折をしそうだ。そんな俺にリディは救いの一言を述べた。
「・・・わかった、それでは早くラーグに行こう。お前が強くなる気があるならば、向こうで腕の立つ人物を紹介しようじゃないか」
「ほ、本当か!?」
「ああ。だからそのためにも早くラーグに着こう」
腕の立つ人物・・・誰だろう。リディが言うからには相当強いんだろうけど。
「そうだな。だいぶ日も傾いてきてる。今日中にラーグに着かないとな」
こうして俺達は先を急いだ。
日没直後、水の幻想的な水のアーチが見えてきた。
「あれが・・・ラーグの噴水門」
ラーグは世界の幻想風景集などでよく目にする場所だ。その理由はラーグの入り口となる門、噴水門だ。柱となる場所に巨大な、魔力を宿した石、魔水晶を置いていて、その魔水晶から水がアーチ形に吹き出ていて、門を形成している。水が自分の上を通り抜ける瞬間はとても幻想的に見える。もっとも、今はもう空も暗いので水もそれほど映えないが、太陽が出ているときは日の光が反射してきらきら輝くそうだ。
俺達は噴水門をくぐりぬけ、街の中へ入る。
ラーグではいたるところに水路があった。どの水路も趣向を凝らしてとてもおしゃれな造りになっていた。
「ここは昔と変わらないな」
リディが懐かしむように呟いた。変わらない、か。あれ、そういえば・・・。
「一度この街はティールに攻め込まれたはずなのに、そんな形跡はどこにも見られないな」
「ああ、それは恐らく___」
「街を傷つけさせなかったからよ」
リディが推測を言いかけたところで、俺達の後ろから声が聞こえた。
俺達がはっと振り向くと、そこには一人の少女がいた。ショートの青い髪にピンクの質素なドレスを着た少女。
この子、どこかで・・・?
そう考えているとき、リディが声を上げた。
「アイリスっ・・・!無事、だったのか」
そうだ、リディの持っていた写真の・・・。ならこの子が、リディの親友のアイリスという少女か。リディより3、4歳若く見える。
「えっと、君がリディの親友?」
「そうよ。アイリス・モントルイユ。現領主、エルマン・モントルイユの娘であり、次期水の街ラーグの領主よ。よろしく」
「りょ・・・領主の娘ですか!?」
いや、そりゃあ王女の親友って時点でそれなりの階級だろうってことは想像がつくけどさ!というか、次期領主と王女って・・・俺、場違いにも程があるぞ。
「それと、リディに敬語無しなら私にも無しでいいから。いえ、命令よ敬語は使わないで」
「そ、そんな・・・」
おいおい、傍から見たら俺はどんだけ失礼な人間になるんだ。一国の王女と街の次期領主相手にタメ口って・・・。そして俺は名前だけの貴族。ほぼ平民と変わらないときた。恐ろしいな全く。
その様子を見て、リディが微笑む。
「ふふ、ミシェル、観念する事だな。アイリスは言い出したら聞かないから」
「どっかの誰かさんとよく似てるよ、全く・・・で、アイリス、だっけか。よろしくな」
「ええ、よろしく。・・・それにしても、リディ、本当に久しぶりね」
「ああ。心配したんだぞ・・・!俺は、お前に何かあったらと思うと・・・」
「問題ないわよ。・・・あんな兵士、弱かったし」
「お前ならそう言うだろうな。だが、友を心配するのはおかしい事じゃないだろう」
リディとアイリスは楽しそうに談笑している。やっぱり、とても仲のいい友達なんだと思う。
だが、俺の頭に、一つ引っかかることがあった。先ほどのアイリスの言葉だ。
兵士が、弱かった。
「お、おい、ちょっと待て。まさか、アイリス・・・兵士を倒したのって・・・」
恐る恐る俺が聞くと、アイリスは当然の如く返した。
「ええ。私よ。街を守るのも、領主の義務ですもの」
「おっ、お前が全部一人で倒したってのか!?」
信じられない。まだ、年端の行かない少女に見える。
「アイリスは俺より強いからな。本当に尊敬するよ」
「まだ子供なのによくやるなぁ・・・」
そう呟くと、アイリスは少しむすっとした。
「あら、私はリディと同い年よ」
「へ・・・?え?じゃ、17?」
「そうよ。あ、なんならVSD見てみる?」
そう言ってアイリスは袖をまくって腕にした腕輪を前に出す。その腕輪にはめ込まれた石が蒼く光った。そして、そのデータが宙にどんどんと書き出される。
アイリス・モントルイユ(17)
職業:格闘家 Lv50
攻撃力:600
防御力:300
生命力:400
俊敏さ:600
「・・・強っ!?」
「だから言っただろう。俺よりも強いと」
「てか、リディとレベル10くらいしか変わらないのにこのステータスの差はなんなんだよ」
「それは職業の違いもあるけれど、やっぱりリディは憧れだけで来たからね。おおっぴらに剣の練習なんかできなかったんでしょうよ。私はいつも先生相手に体術の稽古をしているからその分攻撃力が高いんだと思うわ。・・・リディも、立場が立場じゃなければ、かなり強くなっていたと思うのに」
もったいないわね、とアイリスが袖を下ろしながら締めくくる。アイリスはどうやら強さというものへ価値観が高いらしい。そういう者にとっては、リディのように才能のある者がその才能を開花させないでいることはとても歯がゆいのだろう。
「そういうもんなのか」
よく理解ができなかった俺はそうとしか答えられなかった。
アイリスはリディの手をとるとしっかりと見つめて言った。
「リディ、今からでもラーグに住まない?」
・・・は?俺は一瞬思考が停止したが、すぐにアイリスとリディの間に割って入る。
「ちょ、ちょっと待て、さすがにそれは困る!」
「あら、どうして?」
アイリスは不思議そうに俺を見つめた。いや、普通に考えたらわかるだろ!立場ってもんを考えろ、立場ってもんを。
「リディは王女だぞ!?シゲルの将来はどうなるんだよ!」
「あら、ラーグをシゲルの一部にしてしまえばいいじゃない」
おいおい、とんでもないことを言い出したぞ、次期領主。
「いや、それは・・・」
「まったく・・・冗談よ。そんなことできる立場じゃないのは、私だってよく理解してるもの」
・・・目が本気だったことは触れないでおこう。
悪戯っぽく笑う彼女はとても幼く見えた。だが、ふと大人びた顔つきに戻り、リディに向き直る。
「それにしても、まさかリディがここへやってくるなんてね」
「お前が心配だったんだ、アイリス!本当に、心配したんだぞ!」
「悪かったわよ。でも、私がそんじょそこらの一般兵士に負けるはず無いでしょ?」
「それはそうだが・・・」
言葉に詰まるリディにアイリスはくすりと笑う。
「まぁ、付き人がいるって事は王室も認めたってことなんでしょうけど」
アイリスが俺をちらりと見て目を細める。
「あなた・・・見たところ、貴族のようだけど。使用人か何かのようね」
「ああ。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はミシェル・バルビエ。一応貴族だ。今はリディの教育係をやってる」
「ああ、やっぱりね。リディがつれてくるってことは相当頼りになるんでしょうね」
「え?・・・あ、いや、それは・・・」
すみません、完全にお荷物です。
俺が返答に困っているとリディが笑う。
「何を迷っているのだ。お前は本当に頼りになるだろう。お前がいたから俺は今ここにいることができるのだ。自信を持て」
「いや、確かに俺は王へ進言したけど!戦闘では完全にお荷物だろ!?」
「ああ、そういえば、忘れてた。あの時、いい人を紹介してやると言ったな。・・・アイリス、ちょっとミシェルを鍛えてくれるか?」
「いい人ってアイリスかよ!」
いや、さっきの話を聞いて薄々感じてはいたけどさ。次期領主の少女に鍛えてもらうのも、なんだかなぁ・・・男としてどうかと思う。
まぁ、でもこのままお荷物になるのも嫌だし、背に腹は変えられない。
「構わないわ。ミシェルは剣士・・・よね?良い木刀があるわ。私の家へ行きましょう」
着いてらっしゃい、とアイリスは歩き出した。俺達はアイリスの後を追う。
リディも色々な意味で凄かったが、アイリスもなかなかだな。
何で俺の周りの女性は強いんだ・・・っ!いや、俺が弱すぎるだけかもしれないけどさ。
とにかく、アイリスに鍛えてもらって少しでもレベルを上げておかないと。
俺のVSDを見てアイリスが絶句したのはまた別の話。