迷い
「やっと来たか」
俺が荷物をまとめ終えて、部屋を出ると、その場にいたのはリディだけだった。
「他の皆は?」
「先に裏口に向かった。場所は教えてもらったから、すぐに向かうぞ」
「ああ。わかった」
俺はそのままリディにくっついて歩いていく。
「・・・すまない」
リディがあるとき、ポツリと言った。
「どうしたんだ、急に」
「怖いんだろう、これからのことが」
「・・・さっきの独り言聞こえてたのか」
「お前がなかなか来ないから、心配になって覗いてしまった」
「なかなか・・・って、そんなに時間たってないだろ」
「私はせっかちなんだ。待つのが嫌いだ」
「全く、このお姫様は・・・」
俺が苦笑い気味に言うと、リディは少し頬を膨らませた。
「少しずつ話を逸らすな。__お前が怖いなら、私は同行をやめてもかまわない。お前には・・・迷惑を掛けすぎた」
「俺がかまう。お前の意志を曲げることはしたくない」
「私の意思は私だけのものではない。これからは、シゲルの民の意思でもある。そういう立場になってしまったんだ。そういう意味では、危険な旅についていかないほうが、国のためなのかもしれない、とも考えた」
リディはぴたりと立ち止まり、俺の方へ振り返った。まっすぐな瞳が俺を射抜く。だが、少しの揺らぎを感じた。
「正直に言う。私は、迷っている。昔から直感だけを頼りに生きてきた。もともと難しいことを考えるのは苦手だったのだ。だから、教えてほしい。私はどうするべきなのか。私の教育係として、教えてほしい」
俺はその言葉に、一瞬返事が出来なかった。が、一つ息をついて、しゃべり始める。今の俺の、出来る限りの回答を。
「・・・参ったな。俺も元来直感型だ。直感型が二人そろっちまったよ。・・・だがな、リディ。どっちの道が正しいかなんて、誰にわかるってんだ?どんだけ頭がよくとも、選択の先の未来の事象なんてわかるはずないだろ。結局、頭がよくったって100%正しい方を選べるわけじゃねーんだ。楽に考えろよ」
「どういう、ことだ?」
「・・・要はさ」
俺は立ち止まるリディの横まで歩きつつ、ぽん、とリディの肩を叩く。
「お前が進む道が正しいかなんて、誰にもわかんねー。選択を迫られた時、自分が選んだ道をどれだけ信じることができるか、ってことさ。今回がまさに当てはまる」
リディは目を丸くして俺を見ていた。俺が少しリディの前に出て歩き出す。いつもの、心にどこか暗いところがある自分ではなかった。自分の言葉に自信があったのだ。
今度は俺が振り返り、リディに笑いかける。リディに、自分の影を重ねて。
「お前お得意の直感で選べよ。お前がその選択を信じるなら、俺もその選択を信じて命を掛けてやる。それくらいの価値が、お前にはあるってことさ。選ぶことを恐れるな」
自分で言った一言が、自分にも刺さった。結構心に刺さること言ってるなー、俺。
まぁ、いい機会だ。くよくよしていた自分にも、少しお灸を据えないとな。
というか、よくあんなにぽんぽんと言葉が出てきたもんだ。自分で無意識のうちに、いろいろ考えてるもんなんだな、とちょっとびっくりした。
リディが返事を出来ないでいるとき、俺はふと前を振り向いた。見ればフィーネたちが待っていた。そうして、立ち竦んでいるリディに、俺は頭を掻きつつ言う。
「・・・まぁ、いきなり直感で決めろって言われてもきついよな。俺は先に行ってるから、お前がフィーネたちのところに着くまでに決めりゃあ良いさ」
俺はリディの返事を待たないまま、すたすたと歩いていった。・・・にしても。
(恐れるな、か・・・俺なんかがよく言えたもんだ)
驚いてはいたが、いつもの自嘲的な自分はどこかに行っていたような気がした。いるのは、すっきりして憑き物が取れたような自分。
なんだか、初めて本当の自分に会ったような気がした。
「来たわね。さ、行きましょう」
俺が皆の元に着いて少ししてから、リディも到着した。皆がそれを見て、扉へと歩き出す。俺は小声でリディに聞いた。
「・・・で、結局どうすんだ?」
「・・・進もう。こんなところで、止まってはいられない。皆と一緒に戦う。ここで帰ってしまえば、私は一生後悔するだろう」
「わかった。俺も全力でお前を守る。まだ・・・頼りないかもしれないけど」
リディの選択した道に命を掛ける。それは先ほど俺がリディに言った言葉であり、俺の嘘偽りない心だと、自分でわかっている。
だからこそ、俺はこのリディの決断に恐怖などという感情は何一つ抱かなかった。リディを信じる覚悟が決まっていたのだ。
「ミシェル、ありがとう」
「なんだ、いきなり」
「お前のおかげで、心が少し軽くなった。私は今まで迷ってばかりだったのかもしれない。もう少し、思い切りというものが必要だったみたいだ」
「だな。最近お前からは謝罪ばかり聞いてた。久しぶりにお前に礼を言われて、うれしかったよ」
俺がそう言うと、リディは一瞬きょとん、とした顔をしていたが、やがてふわり、と微笑んだ。
俺は、その仕草に心拍数が上がってしまった。なんだか、以前よりも女性らしくなったように見えたのだ。
だが、次の瞬間、リディが上を向いて、思いっきり両手を広げた。
「さぁ、行くぞ。立ち向かってくる敵は容赦をしない!全力で剣を振るおうじゃないか」
リディがそう意気揚々と歩いていく姿に、俺の心音はゆっくりと正常に戻っていくのだった。
「・・・やっぱり、いつものリディだ」
一瞬変化があったように見えたリディが、普段どおりだったことに、なぜか安心感を覚えてしまった今日この頃だった。




