正体
俺たち三人は男の寝ているベッドの脇に立つ。その時に気がついた。この男、不可思議な仮面を被ったまま寝ていた。何かの紋章のようなものが描かれている仮面。完全に顔が隠れる形の仮面だ。盾を手に持ったドラゴンが横を向いている絵だった。見た事が無い紋章だ。
「仮面したまま眠るなんて、息苦しくないんでしょうかね」
「・・・さぁな」
俺たちはまじまじと凝視する。
「とにかく、この男を起こして騒ぎを起こさない限りはどうしようもあるまい。私がやろう」
リディは変に行動力があるから困る。リディは再びレイピアを抜いて男の喉下に突きつけた。
「おい、起きろ。アイリスの居場所はどこだ」
その瞬間。
今まで全くと言っていいほど反応を示さなかった男が、いきなり顔をリディの方へ向けた。
「・・・っ!」
リディはぎょっとして思わず後ずさりをする。俺たちも思わずそれぞれの得物に手を掛けて臨戦態勢になった。
この空間に流れる空気が一気に殺伐としたものに変わる。
男はゆっくりと起き上がった。
やばい、こいつはやばい。その場の誰もがそう直感した。ガウンに仮面という不思議な格好だったが、それが逆に危険な雰囲気を醸し出していた。
(くそっ・・・!エーリカはまだか!)
俺は後ろを振り返ってもエーリカの姿が無い事に内心舌打ちする。
このままだと戦闘になる。そして、今男から放たれている殺気は尋常なものではなかった。
俺たちはわからなくなっていた。この男は本当に偽者なのか、それとも本物の帝王なのか。
剣を振るにもためらいが出てしまう。
男が剣を抜いた。もうやるしかない。
男はいきなりリディの前から消える。俺たちがうろたえていると、次の瞬間男は俺の前に現れた。
「ミシェル!」
リディの声が聞こえる。こんな所で負けていられない。
男が剣を振り下ろしてきたので、俺は手に持った剣で受け止める。そしてそのまま弾き返した。
と、そのとき、男の剣が弾き飛ばされて遠くの床に深々と刺さった。俺は自分がやったことだが、あっけに取られる。
「お、俺が・・・!」
俺は信じられなかった。お荷物だった俺が尋常ではない殺気を放っている男の剣を弾き飛ばしたのだ。夢ではないか、とも思った。体が震える。次の攻撃に繋げなければならないのに、体は俺の意思とは別に動かなかった。
「でかした、ミシェル!」
リディは、すかさず男の喉下へレイピアを突きつけた。
「さぁ、吐いてもらおうか。アイリスの居場所を」
そして、そのときだった。リディの目の前を大剣が通り抜けて壁に突き刺さったのだ。その大剣は、リディのレイピアを弾き飛ばした。
見た事がある剣。__これは。
「パパ、久しぶり。大丈夫?危ない奴らが侵入してきたって聞いて、心配して駆けつけて来ちゃった!」
俺たちの後ろからやっとエーリカが現れたのだった。
(エーリカ・・・!)
俺は安堵で叫びたくなる(我ながら情けないが)のを慌てて抑える。
俺たちはまだエーリカと敵対関係にある設定だ。結託したなんて知れたら、エーリカ達の身が危なくなる。
エーリカは無邪気な顔で“パパもどき”に向かって笑いかける。
「やっと会えたっ!パパ、忙しくて、なかなか会う機会がなかったけど、私、パパの事忘れたことなんてないよ!ずっと会えなかったから、すっごい寂しかったけど・・・」
最後はそういって俯く。だが、その目はしっかりと男の方へと向いていて、観察することを怠ってはいなかった。
男はしゃがみこみ、剣を横に置くと、エーリカの肩をぽん、と叩いた。
そこでエーリカは、はっと顔を上げる。
「もしかして、パパ、喋れないの・・・?」
男は頷く。だが、今のところすべてエーリカの考えどおりに進んでいることを男は気がついていないだろう。
「そんな・・・せっかく、会えたのに。ねぇ、せめて顔は見せてよ。もう何年も見てないんだよ?たまには、いいよね?」
エーリカは泣きそうな顔で男の仮面を取りに手を伸ばした。男はゆっくりと伸ばされる手を黙って見つめていた。
そして、その手が仮面へとかかったときだった。男がいきなり横に置いてあった剣を手にとって、エーリカの背中へと突きたてようとした。
「エーリカ!危ない!」
俺はとっさに叫んでしまった。エーリカは、はっと気がついて、仮面から手を離さないまま横に飛びのいた。
ぶちっ、と音がして、仮面を留めていた紐が切れる。そして、その男の顔が(薄暗い中だが)露になったのだった。
肩辺りまで伸びた青い髪に、深い皺が刻まれた顔。
薄暗いが、エーリカが顔を判別するには十分だった。
エーリカは仮面を握ったままふっと笑った。
「パパ、久しぶりに会って随分変わったね。何もかもさ。イメチェン?」
「・・・」
男は黙ったままだ。エーリカは続ける。
「ま、外見はいいとしてさ、心まで変わっちゃうっていうのはわからないなぁ。まさか、実の娘に剣を向けるなんてね。いっくら長い間会えなかったって言っても、そんな人じゃなかったのは覚えてるよ」
そして、エーリカは恐ろしいくらいの殺気を放った。俺たちと剣を交えたときとは比べ物にならないほどの。こんなものが自分に向けられたら、腰が抜けてしまうであろうことは容易に想像できた。
「・・・言ったでしょ?パパのこと、忘れたことなんてない、って・・・ね?ニセモノさん」
怖い。冗談抜きで怖い。エーリカ、ガチでキレてるんだ。その理由が、父親を勝手にすり替えられていたからか、はたまたこの国をおかしくしようとしていたからか、またはその両方かはわからなかった。
俺はちらり、と横目でリディとドーラフを見る。二人も、息を呑んで状況を見守っていた。
エーリカは袖の中から小ぶりのダガーを取り出した。そして、俺たちに向かって叫ぶ。
「三人とも、芝居は終わりだよ!もうすでにわかってると思うけど、こいつはニセモノ!ひとまず捕らえるよ!」
そう言われて、リディはレイピアを拾う。だが、そのときに壁に刺さっているエーリカの大剣を見つけて聞く。
「エーリカ、剣は?」
「かまわないよ。大きい剣はかえって捕縛に邪魔になる。ダガーだけで十分だよ」
エーリカは、ダガーを手でゆらゆらと持ちながら男の方へと踊りでかかった。
男はなぜか剣を離して身構えた。
エーリカは、そのダガーで刺していくかと思えば、体を反転させて回し蹴りを叩き込んだ。
しかし男はその蹴りをいともたやすく掴む。その瞬間エーリカは掴まれた足を利用し、体を振り子のように振った。そして、今度こそダガーを男へ向けて突き出した。だが、それも反対側の手で払われる。
「結構やるじゃない、こいつ・・・!」
と、そのとき。男がエーリカを掴んでいた手を離して大きくバックステップした。エーリカは受身を取って立ち上がる。
そして、数瞬前まで男の顔があった場所にリディのレイピアがあった。リディがレイピアを男の顔に向けて突き出したのだ。
「大丈夫か、エーリカ」
「大丈夫、大丈夫。ありがとー」
エーリカはズボンについた埃を払いながら立ち上がった。
リディは振り返って俺とドーラフを見る。
「お前たちもぼーっとしてないで手伝え。ミシェルも、この人数差なら油断をしなければ危険はあるまい。行くぞ」
「あ、ああ」
やっぱり俺も戦うのか。いや、そりゃ女の子たちだけに任せてられないけどさ。
俺は手に持ったままだった剣を構える。俺もこの旅が始まってから剣を何回か構えたが、だいぶ様になってきただろうか。そろそろなってきていないと悲しい。
そんなとき、エーリカは俺の方に振り向いた。そして、少し考えると、言い放つ。
「・・・ミシェル、戦わなくていいから退路を塞いどいて。相手は私たちがやるから。ドーラフは魔法で援護よろしく!」
「それは遠まわしに邪魔だと?俺、そんなに邪魔かなぁ?ねぇ、おい」
結構心に刺さる一言を頂いたところで、男を捕らえるための戦いが始まった。




