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作戦

しばらくして。


コンコン、とノックの音が聞こえ、こちらの返事を待たずにドアが開かれる。出てきた人物に、リディは思わず立ち上がった。


「アイリス・・・っ!」

「リディ・・・ごめんなさい、心配かけたわね」


アイリスは数日前となんら変わらぬ様子で出てきてくれて、俺はほっとした。そして俺はアイリスの元へ駆け寄る。


「ミシェルも。・・・よく生き残ってたわね、あのレベルで」

「一発目からそれかよ!」

「ふふっ。ちょっと見直したわ。__それで、話はすでに聞いているわ。この国の帝王の事」


アイリスにもすでに話が回っていたようだ。


「なら話は早い。アイリスはどうするんだ?私たちはフィーネとエーリカに協力するつもりだが」

「あら、リディ・・・あなた、一人称・・・ま、その話はいいわね。ええ、もちろん協力するわ。恐れるべきティール国騎士団の総長と隊長が戦うつもりがないことに、とても安心したわ」


そう言うと、アイリスはフィーネへ顔を向ける。フィーネは黙って一礼した。


「というか、私個人としても、そして町のことを考えるにしても協力する以外の選択肢はないわ。だって、このままだと私、恐らく命が無いしね」

「・・・?どういうことだ?捕虜は丁重に扱うんじゃ・・・?」

「それも、変わってきてるんだよ」


エーリカがドアを閉めながら途中で口を挟んだ。


「以前の__数年前のパパなら絶対にそんな事はしなかった。そもそも、ラーグに攻め入る事もしなかった。もちろん、ラーグの豊富な水資源が自国の物になれば、とはパパだって思ってたはずだけど、貿易で困窮してたわけでもないし、現状維持ができればそれでいいって考えだったから」

「そういや、ラーグとの関係が侵略になりつつあったのは確かに数年前からだったな」


部外者の俺たちでもこの変わり様は不自然だと思えた。アイリスは溜め息をつく。


「第一、ラーグは何十年か前はティールの一部だったのよ。なぜそれをまた侵略する必要があるのよ。ティール国の街の一部が独立して自治を始め、今の形になっただけの話。国になるには、あまりにも小さすぎたからあくまで街という形に収まったんだけどね」

「なぜラーグはティールから独立を?」


リディの問いに、アイリスはソファに座りながら答える。


「簡単な話よ。あの街はあまりにも本国から遠すぎたの。統治が行き届かなかったのよ。元々ラーグを建設したのは、あの豊富な水資源と、なるべく多い領土の獲得のため。その街に住む住民への配慮がなってなかったのね。ラーグは田舎扱いだったから、左遷された役人も横暴だったそうよ。それに、本国との間にでかい森があるから通信も不便。最終的には本国のほうから独立命令があったそうで、街の住民達も快くそれを受け入れたのよ」


リディもソファに座り、紅茶を飲みながらアイリスの話を聞いていた。そして納得がいったように頷く。


「なるほどな。じゃあ今まで、この国とはわだかまりも何もなかったのか」

「ええ、そうよ。だからさっきも、いくら独立してから時が経ってるからといって、1つの侵略すべき『国』とみなし攻撃してくるなんて、考えづらかったのよ。エーリカたちから事情を聞いて、少し納得をしたわ」

「まー、こっちの情報も確かじゃないし、まだ疑いの域を出ないんだけどねー・・・」

「それでもあなたたちが敵にならなくてよかったと、少なくともそう思ってる。感謝するわ」


アイリスはショートの青い髪を揺らしながら丁寧にお辞儀をした。フィーネはそれに軽く手を上げて答えると、さて、といつのまにか持ってきた書類をまとめた。


「じゃあ、リディたちにも捕虜としてここにいてもらうわ。ゆっくりしててもらってかまわないからね。さっそく、私は大臣にあなたたちのことを含めた報告書を__」


そのとき、ドアがコンコン、とノックされた。


フィーネは訝しげな顔をしながら、入りなさい、と声をかける。失礼します、とドアの向こうから声がしてから扉が開いた。


そこにいたのは一人の兵士だった。


「帝王からの命令書です」

「・・・?__わかったわ、目を通しておく。ありがとう」


フィーネはそれを受け取って、なにか二言三言兵士に告げてから扉を閉めた。


そしてその命令書とやらをドアの前で開封して目を通していた。こちらからはもちろん、何が書いてあるのかはわからない。


だが、フィーネの顔が段々と険しくなっていくのがわかった。


「どうしたんですか、フィーネさん」


ドーラフの言葉にもフィーネはただ黙ったままだった。


「ちょっと、フィーネ、何とか言ってよー」


エーリカはたまりかねてフィーネの持っている命令書を覗き込みに行った。そして、その顔が固まるのがわかった。


「・・・ミシェル、もうみんなが捕虜でいる必要は無くなったみたい」

「どういうことだ?」


エーリカはフィーネの手から命令書を取ると、俺たちの前へつきつけた。


そこに書いてあった言葉に、俺は血の気が引くのを感じた。


「『三日後、アイリス・モントルイユをラーグの街で処刑すべし』・・・だって!?」

「なんということだ・・・アイリスが・・・」


俺はアイリスへ顔を向けた。だが、アイリスは別段驚いた様子を見せなかった。


「ま、そうでしょうね。今の帝王の状態じゃ、やりかねないとは思ってたわ」

「おい、そんな暢気なこと言ってる場合じゃねーだろ!なんとかしないと・・・」


そんな俺を、アイリスは手で制した。


「焦らないで、ミシェル。やることはさほど変わらないわ。そうでしょう、フィーネさん?」


話を振られたフィーネは一瞬考え込んだが、すぐに顔を上げて言った。


「ええ。先ほど兵士に、皆さんが捕虜になった事を上に連絡させに行かせました。そして、恐らく私の予想では・・・」

「ミシェルたちも同じ場所で処刑しろって言ってくるかもね」


エーリカが続けた言葉に、フィーネは頷く。


「1つ、作戦を立てました。皆さんはアイリスさんの居場所をまだ知らないという設定にしましょう。そして、皆さんは帝王の間に乗り込んで帝王を襲撃してください」


俺は思わず声を上げる。


「襲撃って・・・帝王を暗殺しろってのか!?まだ本当に帝王が行方不明になったかも確定していないのに」

「いえ、そこまでしなくて構いません。皆さんは帝王の間に乗り込んでいただけるだけでいいのです。皆さんが突入してくれれば、私たちも帝王の間に入る事が出来ますからね」


そこまで聞いて、リディはピンと来たようだった。


「つまりお前たち自身の目で確かめるというのか。今の帝王の正体を」

「その通り。ですが、私は大臣に事を知らせねばならない。あなたたちが逃げ出したという事をね。だから、リディたちを追いかけるのは・・・エーリカ、頼める?」

「もちろん!実の娘が、パパを見間違えるわけないよ。まっかせといてぇ!」


エーリカは胸をドン、と叩いて答えた。


「皆さん大丈夫なようですね。ではリディ、これを」


フィーネは懐から一枚の地図を取りだした。リディはそれを受け取ってまじまじと眺める。


「これはこの城の地図よ。帝王の間に入るには入り口は1つ。ここは兵士たちが2、3人で見張っていて、扉も閉まった状態だから、あなたたちが使っていた風の魔法でも通れない。夜中なら兵士もいないけど、どっちにしろ施錠されているからその魔法は使えないわ。鍵は大臣が持ってるし、正面突破は無理ね」

「じゃあ、打つ手が無いってことか・・・?」

「そうではないわ。1つだけ、道がある。それは窓よ」


窓。一階にはまったくと言っていいほど窓が無かったが、最上階ともなるとそこから侵入してくる事などほとんど無いだろうから、つけてあるのだろう。


「帝王の間は高いところは全てガラス張り。空からの敵を目視しやすいようにね。しかも、いざというときはそこから砲撃できるように、こちらで指示を出せば開ける設計になってる。だから、夜中そこから侵入するというのが一番だわ」

「昼間でも構わないのでは?」


リディの質問に、フィーネは首を横に振る。


「昼間は扉の前にいる事情の知らない兵士たちが入ってくる可能性があるわ。血を見る事になるわよ。それに、夜中じゃないと、侵入すら困難になる」

「どういうことだ?」

「単純な事。高い建物の上の方から侵入するのには空を飛ばねばならない。民間人に見つかるわ。で、その空を飛ぶときに活躍するのが、これよ」


フィーネは自分の首の後ろに手を回した。そして、その手をリディに向けて出す。その手に握られていたのは、黒い水晶の埋まったペンダント。


別段光り輝いているわけでもないが、かといってくすんでいるわけでもない。どっしりとしていて艶やかなその石は、強い存在感を示してどっかりと居座っている様に見えた。


「これは・・・召喚石か!フィーネ、お前が召喚士だったんだな」

「ええ。アイリスを攫ったのも私よ」


ラーグの街でリディが言っていた、例の召喚士というのはフィーネの事だったらしい。数が少ない職業、とか言ってた気がするな。


「この石にいるのは私の召喚獣のうちの一体。黒ドラゴンのウーア。この子は夜中空を飛んでいても、闇にまぎれて目立たないの。そして、あなたたちが例の魔法を使えば、何の問題もなく侵入できるはずよ」

「ドラゴンごと例の魔法で隠すのはどうだ?」


俺はふと思いついた事を口に出してみた。だが、それに答えたのはドーラフだった。


「それは厳しいです。あの魔法はすべてを風に変える魔法ですからね。それほど質量のあるものにかけたら地上では竜巻が巻き起こったかのように思われて逆に怪しまれます。それに、物理的に三人も乗れる黒ドラゴンを隠すのは魔力が足りない」

「そうでしょうね。この子は結構でかいわよ」


その一連の流れを聞いて、リディは腕を組んで考えた。そして、ふと顔を上げる。


「なるほどな・・・だが、監視の目があるはずだ。それに窓を開けるのは外から出来ないんだろう?」

「それは安心して。この街の監視は全て私一人で取り仕切っているから。むしろサポートするわ。私がこっちで窓を開けてあげる」

「・・・それは頼もしい。では、一時その子を借りるぞ」


リディはそう言って、そのペンダントをフィーネの手から受け取った。


「ウーアにはすでに命令しているから、ペンダントを握って、出てきてって念じればすぐに出てきてくれるはずよ」

「わかった。では、今夜にも決行しよう。ドーラフ、ミシェル、それでいいな?」


リディは振り返って俺たちを見た。


「構わないぜ」

「もちろんです!」


俺達はそう答えた。俺もドーラフも、気合充分だ。


そんなとき、無造作にフィーネが俺たちの前に出てきた。


「皆さん、私たちの国の事情に巻き込んでしまい、改めて深くお詫び申し上げます。どうか、お力をお貸しください」


フィーネは俺たちの前で深く頭を下げた。本当にこの人は真面目だ。


「フィーネ、困ったときはお互い様だ。一緒に国をいい方向に変えてこうぜ!」

「そうですよ。このままでは誰もいい思いはしません。俺たちも頑張りますよ」

「皆すっごい良い人だね!私からもお礼を言うよ。ありがとう!」


遠くで見ていたエーリカが屈託の無い笑顔で微笑んだ。


「で、結局私はやる事が無いのね。・・・ま、吉報を待ってるわ。頑張ってね」


アイリスが一人、紅茶を飲みながら呟いた。


それぞれが別の動きをするこの作戦、俺は、ちゃんと力になれるのだろうか・・・?


不安に思いながらも、アイリスと俺たちの命がかかった作戦だ、失敗は許されない、と自分に言い聞かせ、俺は夜を待った。


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