エーリカ
ギルドの中は薄暗く、酒場の延長のような雰囲気だった。カウンターの奥に酒樽がある所を見ると、恐らく、単純に酒場としての機能も備わっているのだろう。
エーリカは、中に入るときょろきょろと店内を見回して大柄な男を見つけるとそのテーブルに飛びついた。
「いたいたぁ・・・オイゲン爺!」
オイゲン爺と呼ばれた男性は視界に入ってきたエーリカに目を向けた。爺と呼ばれるほど年は取っていないように見えるが、貫禄があった。
「おうおう、エーリカの嬢ちゃんじゃねーか・・・どうした?」
「うん、あのね、あの人たちが人捜ししてるんだってー!あれ、私の依頼にしちゃっていい?」
聞こえてきた会話に、あのオイゲン爺と呼ばれる男がギルドのマスターであろうことは想像ができた。
「嬢ちゃんが連れてきた客だ。好きにしていい」
「ホント!?きゃっほーい!」
エーリカの声はかなりでかかったので少し離れた所にいた俺たちまで筒抜けだった。
エーリカはそんなやりとりをした後俺たちの元へ戻ってきて、ばん、と胸を張った。
「おにーさんたち、私がおにーさんたちの依頼に大抜擢されたから!よろしくね!」
「いや、抜擢っつーか、完全にお前がお願いしてただろ・・・」
「細かい事は気にしないの!あ、そだ、おにーさんたち、名前は?」
エーリカがゆらゆらと揺れながら聞く。
「俺はミシェル・バルビエ。こっちはドーラフだ。よろしくな、エーリカ」
「うん。ミシェルにドーラフだね。よろしく~。それじゃあ、急いで人捜しに行こっか。この街だだっ広いから、慣れてないとすぐに迷子になっちゃうんだ~」
そう言いながらエーリカが外に出ようとしたときだった。
「待ってください、俺たち、お金が・・・」
ドーラフがそう呟いて気付いた。
ギルドに依頼をするには相当お金がかかる。というのも、そういう場合は通常、物資で報酬を払う事もできるらしいが、俺達は物資など持っているわけなかった。
「ありゃりゃ、二人とも無一文?」
エーリカが首をかしげながら聞いてきた。俺は申し訳なさそうに頷いた。まぁ、完全に無一文ではないんだがな。宿代くらいは持ってる。
「いいよ、金なんか」
そう後ろで声がした。先ほどのオイゲン爺だ。
「お前たち、観光だろう?だったら、街で買い物したりとかして金を循環させてくれりゃあそれでいいさ。経済が回りゃあ、結果的にギルドだって潤うしな。ここは工芸品とかも盛んだし、お前たちも損はしないと思うぜ」
その言葉にドーラフがお辞儀をした。
「ありがとうございます!・・・えっと」
「オイゲンだ。オイゲン・ブルノルト」
「ありがとうございます、オイゲンさん!」
こうして俺達はギルドを後にしてリディの捜索を開始した。
街の中を案内しながらエーリカは小さな体で飛び跳ねながら探し回ってくれた。
「リディって人、いないね。金髪でー、闘牛服着ててー、綺麗な女の人、でしょ?」
「ああ。フード被ってるから髪は見えないかもしれない」
「うーん、フード被ってるなんて言っても、闘牛服なんて珍しいから、一発でわかるはずなんだけどなー」
エーリカの言うとおりだ。格好からしてあのお姫様は目立つ。すれ違ったりなんかしたら気がつかないはずがない。街のほとんどを見て回ったし、エーリカが街の人に聞き込みをしてくれたので漏れはないはずだ。
エーリカは、何かに気がついたようにポン、と手を叩く。
「あー、あとは時計台のとこか」
「時計台?」
「うん、あのね、お城の前の広場の奥にね、でっかい時計台があるの。ホントはお城の時計なんだけど、街の皆が見れるようにってお城の外に建設したんだよ」
エーリカがホラ、と奥を指差しながら言った。そちらを見ると、リディが待ち合わせ場所と言っていた広場の噴水の奥に時計台があり、その奥に城があった。
噴水、時計台、城と三つ並んだ姿は圧巻だ。
「そういや、城の方にはまだ行ってなかったな」
「うん。普通じゃ近づけないからね。まずあの場所には行かないかなって」
「それは警備とかでか?」
「そうそう。そりゃあ偉大なる、ルーカス・アルムガルト帝王がいるところだからね。警備も厳重だよ」
「そりゃそうだろうな・・・」
俺は上手く情報収集もできたらと考えて、歩きながらエーリカに質問した。
「でも、この国自体が要塞みたいなもんだろ?そうそう侵入なんて出来ないのにそんなに厳重にするんだな」
まぁ、俺たち自身、侵入者なんだがな。
「万が一ってこともあるでしょ?だから、お城は高いところに行かないと窓もないし、侵入口も1つだけ。空から来た敵なんかいたら、あの大砲でバーン、だよ!」
つまりは入り口は1つだけってことか。ドーラフに目を向ける。ドーラフは静かに頷いた。
「エーリカちゃんは、よくお城にも来るの?」
ドーラフの問いに、エーリカが笑顔になる。
「うん。お友達がここで働いてるし、ギルドとの連携もあるから手紙を渡しにきたりとかも、しょっちゅうだよ」
「へぇ、すげーんだな」
自慢げに言うエーリカに俺は素直に感心した。こんな小さな少女がギルドで国のために働いてるなんて尊敬に値する。
「えへへ、私、意外とやるんだよ?・・・あ、そんなお話している間に、着いたよ、二人とも!」
俺達はそびえ立つ城を見上げた。
遠くから見た城も圧巻だったが近くから見るともはや威圧的である。城に鎧を着せたかのような、装甲と言っても過言ではない城壁と、それに取り付けられた無数の小さな大砲。そして城の壁面にはティール国騎士団の象徴だという、一角獣の紋章が堂々と刻まれていた。
そして何より。
「時計台・・・分厚くね?」
時計台とは思えない分厚さ。恐らくこの中にも大砲が入っているのだろう。
近くで見れば見るほど戦闘に特化した要塞の街だ。街中も複雑な地形で迷いやすく、城に到達するまでに何本もの道を曲がらなければならなかった。
戦になったら実に攻略しにくい街だ。
「二人とも、ぼーっとしてないで、行くよ」
遠くでエーリカの声がする。
「い、行くって、どこへ?」
俺が叫ぶように聞くと、エーリカは当然のように言う。
「決まってるじゃん!お城の中だよ!もしかしたらお城の中にリディって人いるかもだし!」
俺達は耳を疑った。
城に、入れる?
これはチャンスかもしれない、と俺達は思った。リディを捜し続けるより、俺たちで事を済ましてしまったほうがいいかもしれない、という考えが頭をよぎった。
もちろん、俺だけだったらそんなこと不可能に近いが、こっちには戦えるドーラフがいる。もちろん、戦闘は極力避ける。そのためにはドーラフの使える風になれる魔法を使うのがいいだろう。
そんなことを考えつつも、俺達はエーリカの後ろをくっついて歩いていく。
門兵はエーリカの姿を見ると、何も言わず通していった。エーリカはそんな門兵たちに「ごくろうさまーっ」と声をかけながら歩いていく。なんだかすごい慣れている感じがした。・・・慣れていると言うより馴れ馴れしいと言った方が近いかもしれないが。
城の中はとても広く、美しい装飾が施されていた。ガラス細工のものが多いような印象を受ける。一階には窓が無いが、高い位置にある窓ガラスから差し込む光が、一階のガラス細工の装飾をきらきらと光らせていた。
美しい。そう俺が思ったときだった。
「遅いわよ、エーリカ」
奥から女性が歩いてきた。
「フィーネ、ごめんね。ちょっと手間取っちゃって・・・って」
エーリカがそこで言葉を止めた。フィーネと呼ばれた女性の隣にいる人物を認識したからだ。そして少ししてふーっと息をついた。
「あらら、私たちずーっとその人のこと探し回ってたのに。骨折り損みたいだなぁ」
俺も実際思考が止まった。
「リディ・・・!」
そう、隣にいたのは他でもない、リディだった。リディは俯いたまま俺に目もあわせようとしなかった。しかし、なぜリディがここに?
俺がリディの元に走って行こうとしたとき。
ドン、と誰かに押されて俺は尻餅をついた。俺が上を見ると、押したのはエーリカのようだ。
「・・・エーリカ?」
エーリカは不気味なほどの満面の笑顔で独り言のように言った。
「ほーんと、骨折り損だよ。人捜しの真似事なんかする必要なかったじゃん」
「え・・・?」
俺が戸惑いを隠せないでいると、エーリカは俺たちのほうを向く。
「ミシェル、ドーラフ、私の名前はエーリカ。エーリカ・アルムガルト。現ティール国帝王、ルーカス・アルムガルトの一人娘」
「一人娘って・・・まさかお姫様!?」
「うん。そうなるね。でも、お姫様なんて肩書きも、私にとっては本職じゃない。__私はね」
そう言って、エーリカは背中に背負った剣を抜いた。その剣には騎士団の紋章の一角獣が彫られていた。
「__私はティール国騎士団第二騎士団隊長、エーリカ・アルムガルト。あなたたちを不法入国の罪で断罪するよ」
そう、俺達はこの真っ黒に微笑む少女の正体を見抜けなかったのだ。




