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メガイラの意思

メガイラさんは大きな機械の前に立った。なにやら色々操作するであろう機械の上に取り付けられた透明なタンクの中に、緑の液体が入っていた。俺は、その中にきらきらと光っているものを見つけて、メガイラさんに尋ねた。


「メガイラ様、あの緑の液体の中に光るのが・・・?」

「ええ。抽出した声でございます」


メガイラさんは手元の機械を操作するのに意識を集中させながらも答えた。


「この中に皆の声が・・・」


ドーラフはその様子を注意深く見つめながら呟く。メガイラさんはふと思い立ったような顔をして、ちらりとドーラフを振り返った。


「ドーラフ殿。手遅れ、とおっしゃっていたお方はお一人様だけでしょうか?」

「・・・ああ。サラーナだけだ。今のところな。元々体が強い子ではなかったから、衰弱もしやすかったんだ」


その説明に、俺たちは初めてサラーナに会ったときのことを思い出した。共鳴石を使い、気を失ったときの事を。


メガイラさんは手を止めて少し考える。だが、すぐに作業を再開した。少しずつだがタンクの中からきらきらと光るものが外にあふれ出した。


「これで・・・声たちはそれぞれ宿り主の下へと帰るでしょう。全て帰りきるまで安心はできません。このままお待ちください」


俺たちは頷いた。



少しの時間が経った。中身のきらきらとしたものが全て外へと逃げ出してタンクの中が緑の液体だけになった。メガイラはゆっくり振り返る。


「これで皆さんの声は全て戻ったはずです。あとは、そのお嬢様をなんとかすればよろしいのですよね?どうかわたくしをその方の元までご案内していただきとうございます」

「わかった。ついて来い」


ドーラフはまだメガイラのことを許したわけではないようだったが今はサラーナになんとか息を吹き返してほしい一心だったので、俺たちを先導して村まで戻った。



村へ入ると、長と思しき老人が出迎えた。白髪の男性は相当年を取っているように思えるが、その見た目にそぐわぬほど凛とした佇まいだった。


「ドーラフ、戻ってきたか」


凛とした声が響く。その声は目の前の老人から発せられていた。さすが主食は歌という種族だけある。長と思しき人物は俺とリディに向かって一礼する。


「あなた方が我らの声を取り戻してくれたのですね。感謝します。私はこの集落の長を務めている者でございます。心より、御礼申し上げまする」

「いえ・・・それより、サラーナのことを」


リディがそう切り出す。そのとたん長は眉間に皺を寄せて嘆いた。


「サラーナは、残念ながら・・・」

「待ってください!」


声を上げたのはメガイラさんだった。メガイラさんは後ろから追いつきながら長の前に出た。長はその姿を見て、驚きと怒りに目を見開いた。


「貴様は、あの魔女ではないか!!なぜこのような場所へ参った!?また我らの声を奪いに来たのか?」

「そうではございませぬ、長老殿。わたくしはそのサラーナ殿を助けに参ったのでございます」

「何を申すか、悪党め!貴様が我らの声を奪い、我らガルナルの民を絶滅寸前まで追い込んだのだろう!今更何を言うのか!」

「お願いでございます、どうか、どうかわたくしに償いを・・・」


メガイラさんは地に手をついて頼んだ。この人は本当に誠実な性格なのだろう。そんな彼女にあんな研究を命令した公爵に怒りを覚えた。


リディはメガイラさんの横まで歩いて深く頭を下げた。


「俺はリディ・アルシェ。シゲル国の王女です。あなた方が魔女と呼んでいる彼女、メガイラは我がシゲル国お抱えの魔術師です。俺の部下の不始末、此度のことは俺に責任があります。申し訳ありませんでした」


リディの話を聞いて、長の老人は驚いていた。


「なんと・・・シゲル国の姫君でありましたか・・・」

「はい。我が国の失態、どうかお許しください。また、此度の出兵、我が父ガストン王、ならびに母ジュリア妃の意思とは無関係であると誓います。どうか、ご理解いただきたい」


リディが頭を下げたまま言うと、長がリディの肩をぽんと叩いて微笑んだ。


「姫君、大丈夫ですよ。私はガストンとは旧知の仲でしてな。彼のことはよく理解しているつもりです。ジュリア様とも親しくさせていただきましたから、お二人の性格はわかっております」

「そ、そうだったのですか・・・」


リディも俺も驚いた。まさかガストン王がガルナルの長に当たる人物と親しくしていたとは。ガストン王は彼らの身を案じて、彼らのことを世間に公表しなかったのだろうということは想像がついた。彼らのように特殊な種族は、今回のような研究の餌食になりやすいからだ。


長はしかし、とメガイラさんの方を向いた。


「この魔女の事は別です。姫君、あなたのご両親の意思とは無関係であれば、シゲル国でこの魔女を裁くことはできるはず。すぐにこの魔女を本国に連れて帰り、しかるべき処罰をお与えください」


リディは当然ともいえる怒りを全面に受け止めた。そして、ゆっくりと言葉を選びながら言う。


「恐れながら今回の件、真の黒幕はこのメガイラではないのです」

「なんですと?」


リディは先ほどメガイラさんから聞いた話を長に伝えた。長は唸りながら聞く。


「ううむ、そのような事が・・・」


そんな長老にメガイラさんは身を乗り出して呟いた。


「長老殿、どんな理由があろうと謝って済ませられることではありませぬ。私の心が弱いばかりに、たくさんの方々を危険にさらした・・・王室つきの魔術師失格です。心より反省しております」


そんな様子を見て長はわずかに眉を上げる。


「メガイラ、と言ったな。君はもう我らの声の研究を続ける意思は無いととってもかまわないのだね?」

「はい。女神ダイアナに誓います」


長はふむ、と考えるとメガイラさんに言い渡した。


「よかろう。今回の事は不問としようじゃないか」

「ほ、本当でございますか!?」


メガイラさんを初めとして俺とリディも顔を綻ばせる。


「ただし、サラーナの命を吹き返せればの話だ。君はサラーナを助けることができると言っていたな。それができれば今回の事は不問とする。また、きっとその公爵とやらのもとへは戻れないだろうから、我が集落で匿おうじゃないか。公爵にはまだ研究を続けていると思わせればいい」


その言葉に、リディが頭を下げる。


「長老殿、ここまで親身になっていただき、心より御礼申し上げます」

「いいのですよ、姫君。ただ、その黒幕である公爵のことを姫君にお頼み申したい。我らは怒りの矛先を彼女に向けるべきではないと判断したまでの事なのですから。今我らが倒したいのは、そのジャメル公爵なのです」

「わかっております。彼が命令した証拠を見つけて、一刻も早く、彼を法の下裁きましょう」


長はその言葉を聞いて満足そうに微笑んだ。


「さて、サラーナの元へ向かいましょう」


一行はサラーナの元へと歩き出した。




「サラーナ・・・」


薄暗いテントの中で力なく横たわっているサラーナを見て、俺はやりきれない気持ちでいっぱいだった。それはメガイラさんも同じだったようだ。


「ああ・・・私はこんな小さな子供の命を・・・」


震える手でメガイラさんはサラーナに触れた。その場にいた村の男達がメガイラさんの姿を見て、顔色を変える。


「お前は、魔女じゃねえか!なんでこんな所にいる!出てけ!!!」

「待て!お前達!」


メガイラさんに掴みかかろうとする男達に長の凛とした声が響いた。


「メガイラ。私が村の男達に説明をしておく。君は早くサラーナを生き返らせてくれ」

「わ、わかりました」


長は村の男達を連れてテントを出た。その場に残されたのは俺とリディとサラーナ、メガイラさんの4人だった。


静寂に包まれたそのテントの中で、リディが静かにメガイラに聞く。


「いいのか?」

「・・・ええ。かまいませんわ。こんな大きなことをしでかしてしまったんですもの。私の命など、惜しくはありませぬ」

「ど、どういうことですか・・・?」


俺がそう聞くと、メガイラさんは力なく微笑んだ。


「この術は術者の命を削り、対象者を蘇らせるというものです。術者の命をどれほど削るかは、その蘇らせる対象者にもよりますが・・・ガルナルの民の命を蘇らせるのは、どれほど生贄に捧げればよいのか見当もつきませぬ。私の命一つで足りるのかどうかすら未知数でございます」

「命を削るって・・・寿命が短くなるんですか!?」


俺が驚いて声を上げると、メガイラさんは首を横に振る。


「まさか。持っていかれるのは今現在私の中にある生命力ですよ。その後の人生になんら影響はありません。・・・が、一定の生命力を持ってかれると死に至ります」

「そ、そんな・・・」


メガイラさんは微笑んだ。


「でも、いいんです。私は命に変えてでも彼女を生き返らせる義務がある。それを果たさなければいけないんです」


そんなメガイラさんを黙ってみていたリディは溜め息をついた。


「それだけじゃないだろう、メガイラ。この術は禁忌だ。使ったとなれば重罪で裁かれるぞ」

「承知しています。ですが、リディ様に頭を下げさせた罪に比べれば軽うございます。私は、やらねばならないのです」


そう言ってメガイラさんはサラーナに向かった。そして、両手をサラーナに向けて目を閉じた。


「女神ダイアナよ__その御力を我に宿して、かの者の命を蘇らせたまえ__」


その瞬間、メガイラさんの足元から複雑な魔法陣が浮かび上がった。魔法陣の描かれ方が複雑ということはそれだけ複雑な術式を体内の魔力で形成することになる・・・らしい。らしいというのは、俺は別に魔法学に詳しいわけではないので、学校で教わるような基礎的な魔法の知識しか知らない。


リディはその魔法陣を食い入るように見つめていた。やはり、禁忌とされる魔法に少なからず興味があるのだろう。必死にその術式を理解しようとしている。彼女は知識欲が強いようだからな、こういった普段見られないような特殊な魔法などに惹かれるのだろう。


やがて、メガイラさんの足元の魔法陣が消えた。詠唱が終わった証拠だ。


「__リヴァイヴ・イン・ディエッス」


その途端、真っ白な光がテントの中に広がった。俺は目を開けてられなくなったが、リディはその中でも真っ直ぐメガイラさんを見つめていた。


やがて、その光が収まると、メガイラさんが倒れていた。そのほかに先ほどと変わったことは何もなかった。


「メガイラ!」


リディは駆け寄る。メガイラさんの脈と呼吸を確かめる。すると、安堵したような顔を俺に向けて言った。


「__大丈夫だ!まだ息はある。すぐに体が休まる場所に運んでもらおう」

「ああ。__サラーナは?」


俺とリディはサラーナを見つめる。緊張が走った。もし、このまま彼女が起きなかったら、術が失敗していたら・・・。


そんなことを考えてしまい、俺は心の中でそんな考えを否定した。


メガイラさんを長の元まで運んでから、俺たちはサラーナの様子に変化がないか観察し続けたが、変わった変化は見られなかった。


「リディ、さっきメガイラさんが唱えた魔法は、失敗だったのか?」

「わからない。今まで一度も行った事がない魔法だ。メガイラがその理論を考え出して考案された魔法。この魔法は人の命を左右するため、我がシゲル国では禁忌とされていた。術者の命も犠牲にするのだから当然だろう」

「なるほどな・・・まぁ、信じるしかないってことか・・・」

「そういうことになるな・・・」


リディと俺は一旦その場を離れて長の元へと向かった。



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